Title: Fuga wakashu
Author: Anonymous
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Title: Kokka taikan
Author: Anonymous
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Title: Library of Congress Subject Headings
14th century
Japanese
fiction
poetry
masculine/feminine
LCSH
11/2002
corrector
Shino Watanabe
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11/2002
corrector
Sachiko Iwabuchi
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風雅和歌集序
大和歌は、天地未だ開けざるより其のことわりおのづからあり。人のしわざ定まりて後此の道遂に顯れたり。世をほめ時を誹る、雲風に付けて志を叙ぶ、喜びに逢ひ愁に向ふ、花鳥を翫びて思ひを動かす。言葉幽かにして旨深し。眞に人の心を正しつべし。下を教へ上を諫む、すなはち政の本となる。難波津の君にそへし歌は天の下の風をかけ、淺香山の采女の戯ぶれは四方の民の心を和ぐ。やまと言の葉の淺はかなるに似たれども、周雅の深き道均しかるべし。かるが故に代々の聖の帝も之を捨て給はず。目に見えぬ鬼神の心にも通ふは此の歌なり。然るを世降り道衰へ行きしより、徒に色を好む媒となりて國を治むる業を知らず。いはむや又近き世となりて、四方の事業廢れ眞少く僞多くなりにければ、偏に飾れる姿巧なる心ばせを旨として古への風は殘らず。あるひは古き詞を盜み僞れるさまを繕ひなして更に其の本に惑ふ。又心を先とすとのみ知りて、ひなびたる姿だみたる言の葉にて思ひみたる心ばかりを言ひあらはす。正しき心すなほなる詞は古の道なり。眞に之をとるべしといへども、ことわり迷ひて強ひて學ばゝすなはち賤しき姿となりなむ。艷なる躰巧なる心優ならざるにあらず。若し本意を忘れて妄に好まば此の道偏に廢れぬべし。かれもこれも互に迷ひて、古への道にはあらず。あるひは姿高からむとすれば其の心足らず。言葉細やかなれば其のさま賤し。艷なるはたはれ過ぎ、強きは懷かしからず。凡べて之を言ふに、そのことわり茂き、言の葉にて叙べ盡し難し。旨を得てみづから悟りなむ。おほよそ出雲八雲の色に志を染め、和歌の浦波に名をかくる人々、流れての世に絶えずして、各思ひのつゆ光を磨きて玉を聯ね、詞の花匂ひを添へて錦を織るとのみ思ひ合へる内に、眞の心を得て歌の道を知れる人は猶數少くなむありける。難波の芦のあしよし別け難く、片糸の引き%\にのみ爭ひ合ひて亂りがはしくなりにけり。誰か之を傷まざらむや。唯古き姿を慕ひ正しき道を學ばゞおのづから其のさかひに入りぬべし。抑昔は天つ日嗣を受けて、百敷のうち繁き事業に紛れすぐしゝを、今は塵のほか藐姑射の山靜かなる住まひを占めながら、猶天の下萬の政を聞きて、夙に起き夜はに寐ぬる暇無し。然るを此の頃八つの
えん亂れし塵も治まりて野飼の駒もとり繋がず、四方の海荒かりし浪も靜まりてふな渡しする貢物絶えずなりにければ、萬の道の衰へ四方の事わざの廢るゝを歎く。之に由りて元久の昔の跡を尋ねて、古き新しき詞目につき心に適ふを撰び集めてはた卷とせり。名づけて風雅和歌集といふ。これ色に染み情に引かれて目の前の興をのみ思ふにあらず。正しき風古への道末の世に絶えずして、人の惑ひを救はむが爲なり。時に貞和二年十一月九日になむしるし畢りぬる。このたびかく撰び置きぬれば、濱千鳥久しき跡をとゞめ、浦の玉藻磨ける光を殘して、葦原や亂れぬ風代々に吹き傳へ、敷島の正しき道を尋ねむ後の輦、迷はぬ志るべとならざらめかも。
前大納言爲兼
春たつ心をよめる
足引の山の白雪けぬが上に春てふ今日はかすみたなびく
皇太后宮大夫俊成
文治六年正月、女御入内の屏風に、小朝拜
九重や玉敷く庭にむらさきの袖をつらぬる千世の初はる
後法性寺入道前關白太政大臣
元日宴を
立ち初むる春の光と見ゆるかな星をつらぬる雲の上びと
後鳥羽院御歌
建仁元年太神宮へ奉られける百首の御歌の中に
朝日さす御裳濯川の春の空長閑なるべき世のけしきかな
後西園寺入道前太政大臣
早春霞をよみ侍りける
山の端を出づる朝日の霞むより春の光は世に滿ちにけり
伏見院御歌
はつ春のこゝろをよませたまうける
霞立ち氷も解けぬ天つちのこゝろも春をおしてうくれば
院御製
春の御歌の中に、霞
我が心春にむかへる夕ぐれのながめの末も山ぞかすめる
進子内親王
同じ心を
長閑なるけしきを四方におしこめて霞ぞ春の姿なりける
前中納言定家
題志らず
何となく心ぞとまる山の端にことし見初むる三日月の影
大中臣能宣朝臣
天暦の御時大ぎさいの宮にてこれかれ子の日して歌よみ侍りけるに
皆人の手ごとに引ける松の葉の葉かずを君が齡とはせむ
中務
子日を
野邊に出でゝ今日引つれば時分かぬ松の末にも春は來に鳬
小辨
若菜をよめる
今日も猶春とも見えず我がしめし野邊の若菜は雪や積む覽
源順
目もはるに雲間も青く成に鳬今日こそ野邊に若菜摘てめ
藤原基俊
題志らず
春山のさき野のすぐろ掻分けて摘める若菜に沫雪ぞ降る
源俊頼朝臣
春日野の雪の村消かき分けて誰が爲つめる若菜なるらむ
皇太后宮大夫俊成
住吉の社に奉りける百首の歌の中に、若菜を
いざやこゝ若菜摘みてむ根芹生ふる淺澤小野は里遠く共
崇徳院御歌
同じ心を
春來れば雪げの澤に袖垂れてまだうら若き若菜をぞ摘む
前大納言爲家
朝日山長閑けき春のけしきより八十氏人も若菜摘むらし
民部卿爲定
百首の歌奉りし中に、春の歌
若菜摘む幾里人の跡ならむ雲間あまたに野はなりにけり
太上天皇
霞を
天の原おほふ霞の長閑けきに春なる色のこもるなりけり
後鳥羽院御歌
題志らず
松浦がた唐土かけて見渡せばさかひは八重の霞なりけり
伊勢島や潮干のかたの朝なぎに霞にまがふ和歌のまつ原
九條左大臣女
深く立つ霞の内にほのめきて朝日籠れるはるのやまの端
前中納言爲相
前大納言爲兼の家に歌合し侍りけるに、春朝を
出づる日の移ろふ峯は空晴れて松よりしたの山ぞ霞める
順徳院御歌
承久元年、内裏の百番歌合に、野徑霞といふことを
夕づく日かすむ末野に行く人のすげの小笠に春風ぞ吹く
伏見院御歌
春の御歌の中に
夕ぐれの霞のきはに飛ぶ鳥のつばさも春の色に長閑けき
前大納言爲兼
題志らず
沈み果つる入日のきはにあらはれぬ霞める山の猶奧の峯
從二位爲子
長閑なるかすみの空のゆふづく日傾ぶく末に薄き山の端
常磐井入道前太政大臣
寳治二年後嵯峨院に百首の歌奉りける時、山霞を
詠めこし音羽の山も今更に霞めばとほきあけぼのゝそら
前中納言定家
後京極攝政、左大臣に侍りける時、家に歌合し侍りけるに、曉霞と云ふ事を
初瀬山傾ぶく月もほの%\とかすみに洩るゝ鐘のおと哉
柿本人麿
春の歌の中に
子等がてをまきもく山に春されば木の葉凌ぎて霞た靡く
紀貫之
み吉野の吉野の山の春霞立つを見る/\なほゆきぞふる
後伏見院御歌
春雪を詠ませ給ひける
たまらじと嵐のつてに散る雪に霞みかねたるまきの一村
前中納言定家
後京極攝政左大將に侍りける時家に六百番歌合し侍りけるに餘寒の心をよめる
霞みあへず猶降る雪に空とぢて春物深きうづみ火のもと
從二位家隆
同じ歌合に、春氷
春風に志た行く波の數見えて殘るともなき薄ごほりかな
順徳院御歌
百首の御歌の中に
ちくま川春行く水は澄みにけり消えていくかの峯の白雪
前大納言忠良
千五百番歌合に、春の歌
花や雪霞やけぶり時知らぬ富士の高嶺に冴ゆるはるかぜ
伏見院御歌
春の歌あまたよませ給ひける中に、早春を
春邊とは思ふ物から風まぜにみ雪散る日はいとも寒けし
永福門院
餘寒の心を
朝嵐は外面の竹に吹き荒れて山のかすみも春さむきころ
圓光院入道前關白太政大臣
春雪を
かつ消ゆる庭には跡も見え分かで草葉にうすき春の沫雪
土御門院御歌
春も未だあさる雉子の跡見えでむら/\殘る野邊の白雪
安嘉門院四條
題志らず
日影さす山の裾野の春草にかつ%\雜る志たわらびかな
伏見院御歌
早春柳と云ふ事を詠ませ給ひける
春の色は柳のうへに見え初めてかすむ物から空ぞ寒けき
後伏見院御歌
題志らず
花鳥のなさけまでこそ思ひ籠むる夕山深き春のかすみに
人麿
山ぎはに鶯鳴きて打ちなびき春とおもへど雪降り敷きぬ
讀人志らず
打ち靡き春さり來れば笹の葉に尾羽打ち觸れて鶯鳴くも
道命法師
鶯の遲く鳴くとて詠める
徒然とくらしわづらふ春の日になど鶯のおとづれもせぬ
源信明朝臣
鶯を
鶯の鳴く音を聞けば山深み我れよりさきに春は來にけり
土御門院御歌
霧にむせぶ山の鶯出でやらで麓のはるにまよふころかな
正三位知家
春の歌の中に
誰が爲ぞ志づはた山の永き日に聲の綾織る春のうぐひす
前大納言爲兼
鶯の聲も長閑に鳴きなしてかすむ日影は暮れむともせず
徽安門院
つく%\と永き春日に鶯の同じ音をのみ聞きくらすかな
皇太后宮大夫俊成
題志らず
我が園にやどりは占めよ鶯の古巣は春のそらにつけてき
讀人志らず
霞立つ野がみの方に行きしかば鶯鳴きつはるになるらし
梅の花咲ける岡邊に家居せばともしくもあらじ鶯のこゑ
梅のはな散らまく惜しみ我が薗の竹のはやしに鶯鳴くも
後西園寺入道前太政大臣
嘉元二年後宇多院に百首の歌奉りける時、鶯を
笹竹の夜はにや來つる閨近き朝げの窓にうぐひすの鳴く
前大納言爲世
文保三年奉りける百首の歌に
明けぬれど己がねぐらを出でやらで竹の葉隱れ鶯ぞ鳴く
從一位教良女
伏見院に召されける五十首の歌の中に
長閑なる霞の色に春見えてなびくやなぎにうぐひすの聲
後京極攝政前太政大臣
春の歌の中に
春の色は花とも言はじ霞よりこぼれて匂ふうぐひすの聲
道因法師
前參議經盛の家の歌合に、鶯を
花ならで身にしむ物は鶯の薫らぬこゑのにほひなりけり
藤原爲基朝臣
春の歌とて
梅の花にほふ春べの朝戸あけにいつしか聞きつ鶯のこゑ
伏見院御歌
梅を詠ませ給ひける
道のべや竹吹く風の寒けきに春をまぜたる梅が香ぞする
貫之
延喜十六年齋院の屏風に人の家に女どもの梅の花見或るは山に殘れる雪を見たる所
梅の花咲くと知らずや三吉野の山に友待つ雪の見ゆらむ
中納言家持
題志らず
雪の色をうばひて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがな
永福門院
梅を
山本の里の續きに咲く梅のひとへに世こそ春になりぬれ
後宇多院御製
二月やなほ風さむき袖の上に雪まぜに散るうめの初はな
權大納言公蔭
百首の歌奉りしに、春の歌
咲き初めて春を遲しと待ちけらし雪の内より匂ふ梅が枝
今上御歌
早春梅と云ふ事を
降積みし雪もけなくに深山邊も春し來ぬれや梅咲きに鳬
徽安門院
遠村梅を
一村の霞の底に
にほひ行くうめの木末のはなになるころ
皇太后宮大夫俊成
春の歌の中に
梅が枝に先咲く花ぞ春の色を身に占めそむる始なりける
貫之
清愼公の家の屏風に
春立ちて咲かばと思ひし梅の花珍しきにや人の折るらむ
中務卿具平親王
梅を
梅の花にほひをとめて折りつるに色さへ袖に移りぬる哉
赤染衛門
從一位倫子春日に詣でける供に侍りけるに源兼資梅の花を折りて車にさし入るとて、手もたゆく折りてぞ來つる梅の花物思ひ知れ共に見むとてといへりければ
山かぐれ匂へる花の色よりも折りけるひとの心をぞ見る
源俊頼朝臣
紅梅を詠める
紅の梅が枝に鳴く鶯はこゑのいろさへことにぞ有りける
前大僧正慈鎭
題志らず
咲きぬれば大宮人も打ち群れぬ梅こそ春の匂ひなりけれ
後鳥羽院御製
春の御歌の中に
百千鳥さへづる春の淺みどり野邊の霞ににほふうめが枝
人麿
題志らず
妹が爲ほずゑの梅を手折るとてしづえの露に濡れにけるかも
讀人志らず
人毎に折りかざしつゝ遊べどもいや珍しきうめの花かも
前大納言爲家
寳治の百首の歌の中に、梅薫風と云ふ事を
霞めども隱れぬ物は梅の花風にあまれるにほひなりけり
祝部成仲
春の歌とて詠める
梅の花匂ふさかりは山がつの賤の垣根もなつかしきかな
中務
夜梅を
匂ふ香の志るべならずば梅の花暗部の山に折り惑はまし
前中納言定家
題志らず
雲路行く雁の羽風もにほふらむ梅咲く山のありあけの空
前大納言爲兼
梅が香は枕に充ちて鶯のこゑより明くるまどのしのゝめ
進子内親王
百首の歌の中に
窓明けて月の影しく手枕に梅が香あまるのきのはるかぜ
前大納言尊氏
梅を詠み侍りける
軒の梅は手枕ちかく匂ふなりまどのひまもる夜はの嵐に
院御歌
題志らず
誰が里ぞ霞のしたの梅柳おのれいろなるをちかたのはる
永福門院内侍
雨晴るゝ風は折々吹き入れてこ簾の間匂ふのきの梅が枝
太上天皇
春の歌の中に
我が詠めなにゝ讓りて梅の花櫻も待たで散らむとすらむ
和泉式部
題志らず
見る儘にしづ枝の梅も散り果てぬさも待ち遠に咲く櫻哉
院御歌
百首の御歌の中に
みどり濃き霞の志たの山の端にうすき柳の色ぞこもれる
權大納言公蔭
題志らず
春雨にめぐむ柳の淺みどりかつ見るうちも色ぞ添ひ行く
伏見院御歌
五十首の御歌の中に、柳を
いつはとも心に時は分かなくに遠の柳のはるになるいろ
前大納言爲世
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
ひと方に吹きつる風や弱るらむなびきも果てぬ青柳の糸
西園寺前内大臣女
柳を詠み侍りける
霞み渡る岡の柳の一もとに長閑にすさぶはるのゆふかぜ
儀子内親王
吹くとなき風に柳はなびき立ちて遠近かすむ夕ぐれの春
權大納言公宗母
百首の歌奉りし時
はつかなる柳の糸の淺みどり亂れぬほどの春かぜぞ吹く
土御門院御歌
名所柳を
舟つなぐかぜも緑になりにけり六田の淀の玉のをやなぎ
前大納言爲家
春の歌の中に
廣澤のいけの堤の柳かげみどりもふかくはるさめぞ降る
法印定圓
芳野川岩浪はらふふし柳はやくぞはるのいろは見えける
永福門院内侍
春はまづなびく柳の姿より風も長閑けく見ゆるなりけり
權大納言公宗
雨そゝぐ柳が末は長閑にてをちのかすみの色ぞくれゆく
前中納言定家
古集の一句を題にて歌詠み侍りけるに、黄梢新柳出城墻といふ事を
此里のむかひの村の垣根より夕日をそむる玉のをやなぎ
中務
柳を詠める
繰り返し年經て見れど青柳の糸は舊りせぬみどり
なりけり
大江嘉言
岸の上の柳は痛く老いにけり幾世の春をすぐしきぬらむ
人丸
百敷の大宮人のかざしたる志だり柳は見れどあかぬかも
讀人志らず
梅のはな咲きたる園の青柳は鬘にすべくなりにけらしも
貫之
よる人もなき青柳の糸なれば吹きくる風にかつ亂れつゝ
藤原爲基朝臣
春の歌の中に
淺みどり柳の糸の打ちはへて今日も志き/\春雨ぞ降る
徽安門院一條
昨日今日世は長閑にて降る雨に柳が枝ぞ志だりまされる
前大納言爲兼
春雨を
春の色を催ほす雨の降るなべに枯野の草も下めぐむなり
土御門院御歌
淺みどり初志ほ染むる春雨に野なる草木ぞ色まさりける
權大納言公蔭
かき暮れてふりだにまされつく%\と雫寂しき軒の春雨
從三位親子
見るまゝに軒の雫はまされども音には立てぬ庭のはる雨
皇太后宮大夫俊成
住吉の社に奉りける百首の歌の中に、同じ心を
春雨は軒のいと水つく%\と心ぼそくて日をもふるかな
前中納言定家
題志らず
春雨に木の葉亂れし村時雨それもまぎるゝ方はありけり
前大納言爲兼
さびしさは花よいつかの詠めして霞にくるゝ春雨のそら
從二位兼行
詠めやる山はかすみて夕暮の軒端の空にそゝぐはるさめ
藤原教兼朝臣
霞み暮るゝ空ものどけき春雨に遠き入相の聲そさびしき
徽安門院
晴れゆくか雲と霞のひま見えて雨吹きはらふはるの夕風
後伏見院御歌
春の御歌の中に
春風は柳の糸を吹きみだし庭よりはるゝゆふぐれのあめ
前大納言爲兼
題を探りて歌詠み侍りけるに、河上春月といふ事を
打ち渡す宇治の渡りの夜深きに川音澄みて月ぞかすめる
前大納言實明女
百首の歌奉りし時、春の歌
風になびく柳の影もそことなく霞更け行く春の夜のつき
永福門院
題志らず
何となく庭の梢は霞み更けているかた晴るゝ山の端の月
同院内侍
閨までも花の香深き春の夜の窓にかすめる入り方のつき
俊惠法師
きゞすを詠める
狩人の朝踏む小野の草若みかくろへ兼ねて雉子鳴くなり
人麿
題志らず
朝霧に志のゝに濡れて呼子鳥み船の山をなきわたる見ゆ
前大納言尊氏
喚子鳥を
人もなき深山の奥の呼子鳥いく聲鳴かばたれかこたへむ
太上天皇
百首の歌の中に
つばくらめ簾の外に數多見えて春日のどけみ人影もせず
儀子内親王
題志らず
春日影世は長閑にてそれとなく囀りかはす鳥のこゑ%\
後二條院御歌
春の御歌の中に
雲雀あがる山の裾野の夕暮にわかばの志ばふ春風ぞ吹く
永福門院
何となき草の花咲く野邊の春雲にひばりの聲も長閑けき
前大僧正慈鎭
春深き野邊の霞の下風に吹かれてあがるゆふひばりかな
前大納言爲家
千首の歌詠み侍りけるに
歸る雁羽根打ちかはす志ら雲の道行きぶりは櫻なりけり
從二位家隆
春の歌とて詠める
歸る雁秋來し數は知らねども寐ざめの空に聲ぞすくなき
藤原爲秀朝臣
歸雁を
別るらむ名殘ならでも春の雁哀なるべきあけぼのゝこゑ
永福門院内侍
入り方の月は霞のそこに更けてかへり後るゝ雁の一つら
康資王母
雁がねの花の折しも歸るらむ尋ねてだにも人はをしむに
皇太后宮大夫俊成
春日の社に奉りける百首の歌の中に、同じ心を
何となく思ひぞおくる歸る雁言づてやらむ人はなけれど
西行法師
題志らず
春になる櫻の枝は何となく花なけれどもなつかしきかな
俊頼朝臣
いまだ咲かざる花といふ事を
めぐむより氣色
ことなる花なれば兼ねても枝の懷かしき哉
鴨長明
花を思ふ心を詠める
思ひやる心やかねて詠むらむまだ見ぬ花の面かげに立つ
前關白右大臣母
咲かぬ間の待ち遠にのみ覺ゆるは花に心の急ぐなるらし
朔平門院
春の歌の中に
咲き咲かぬ梢の花もおしなべてひとつ薫りにかすむ夕暮
永福門院右衛門督
花の歌とて
見るまゝに軒端の花は咲き添ひて春雨かすむ遠の夕ぐれ
前大納言爲兼
伏見院西園寺に御幸ありて花の歌人々に詠ませ給ひける時
宿からや春の心も急ぐらむ外にまだ見ぬはつざくらかな
讀人志らず
題志らず
打ちなびき春は來ぬらし山際の遠き梢の咲き行く見れば
人麿
見渡せば春日の野邊に霞立ち開くる花はさくらばなかも
鶯の木づたふ梅の移ろへばさくらの花のときかたまけぬ
中納言家持
櫻を
春雨にあらそひかねて我宿の櫻のはなは咲きそめにけり
後鳥羽院下野
寳治の百首の歌の中に、見花
山櫻またれ/\て咲きしより花に向はぬときの間もなし
民部卿爲定
春の歌に
三吉野の芳野の櫻咲きしより一日も雲のたゝぬ日ぞなき
光明峰寺入道前攝政左大臣
住捨てし志賀の花園しかすがに咲く櫻あれば春は來に鳬
從二位家隆
行く末の花かゝれとて吉野山誰れ白雲のたねをまきけむ
後京極攝政前太政大臣
後鳥羽院に五十首の歌召されける時、深山花
かへり見る山は遙かに重なりて麓の花も八重のしらくも
前中納言匡房
題志らず
白雲のやへたつ峯と見えつるは高間の山の花ざかりかも
貫之
延喜十四年、女一宮の屏風の歌
山のかひたなびき渡る白雲は遠きさくらの見ゆる
なりけり
前中納言定家
春の歌とて
いつも見し松の色かは泊瀬山さくらに洩るゝ春の一しほ
後西園寺入道前太政大臣
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
山遠きかすみのにほひ雲の色花の外までかをるはるかな
權大納言公宗女
春の歌の中に
花薫る高嶺の雲の一むらは猶あけのこるしのゝめのそら
前參議雅有
花咲かぬ宿の梢もなかりけり都のはるはいまさかりかも
左兵衛督直義
花を
花見にと春はむれつゝ玉鉾の道行く人の多くも有るかな
貫之
延喜十六年、齋院の屏風に、人の花のもとに立ちて見たる所
山櫻よそに見るとてすがの根の永き春日をたち暮しつる
天慶四年、右大將の屏風に、山里に人の花見たる所
まだ知らぬ所までかく來て見れば櫻ばかりの花なかり鳬
從二位行家
寳治の百首の歌の中に、見花
櫻花あかぬ心のあやにくに見ても猶こそ見まくほしけれ
藤原爲秀朝臣
花の歌の中に
咲き滿ちて散るべくも非ぬ花盛薫るばかりの風は厭はず
永福門院右衛門督
伏見院花の頃折々に御幸有りて御覽ぜられけるに嵯峨にて詠み侍りける
眺め殘す花の梢もあらし山風よりさきにたづねつるかな
前中納言爲相
春の歌とて
御吉野の大宮所たづね見む古きかざしのはなやのこると
中務
櫻を詠める
いそのかみ故郷に咲く花なれば昔ながら
に匂ひけるかな
貫之
承平五年内裏の御屏風に馬に乘りたる人の故郷と覺しき所に櫻の花見たる所
故郷に咲ける物から櫻花色はすこしもあせずぞありける
皇太后宮大夫俊成
大炊御門右大臣未だ納言に侍りける時三條の家の櫻盛りになりける頃人々歌詠み侍りけるに
君がすむ宿の梢の花ざかり氣色ことなるくもぞ立ちける
其の後いくばくの年も隔てず、近衛太皇太后宮、立后侍りけるとなむ。
前大納言爲氏
寳治の百首の歌に、翫花
櫻花いざや手ごとに手折りもて共に千歳の春にかざゝむ
普光園入道前關白左大臣
花下日暮と云へる心を
すがの根の永き日影を足びきの山の櫻にあかでくれぬる
藤原家經朝臣
永承五年賀陽院の歌合に、櫻を
さても猶あかずやあると山櫻花を常磐に見るよしもがな
西行法師
題志らず
同じくば月のをり咲け山櫻はな見る春の絶え間あらせじ
太上天皇
百首の歌に
薫り匂ひ長閑けき色を花にもて春にかなへる櫻なりけり
前左大臣
春の歌とて
長閑なる鶯の音に聞きそめて花にぞ春のさかりをば見る
法橋顯昭
誰にかも今日をさかりとつげやらむ一人見まうき山櫻哉
祝部成茂
年
ごとに詠めぬ春はなけれどもあかぬは花の色や添ふらむ
壽成門院
今朝はなほ咲き添ふ庭の花盛移ろはぬ間を訪ふ人もがな
白川院御歌
寛治七年三月十日法勝寺の花御覽じけるついでに常行堂のまへにて、人々鞠つかうまつりけるに、京極前關白太政大臣鞠を奉るとて、尋ねと聞くに、誘はれぬと奏し侍りける御返し
山深く尋ねにはこでさくら花なにし心をあくがらすらむ
小侍從
高倉院の御時、内裏より女房數多誘なひて、上達部殿上人花見侍りけるに、右京大夫、折ふし風の氣ありてとて伴ひ侍らざりければ、花の枝に付けて遣しける
さそはれぬ心の程はつらけれど一人見るべき花の色かは
建禮門院右京大夫
返し
風を厭ふ花のあたりは如何とてよそながらこそ思遣りつれ
源道濟
題志らず
駒とめて見るにもあかず櫻花折りてかざゝむ心ゆくまで
前大納言爲家
旅人のゆきゝの岡は名のみして花に留まる春の木のもと
前參議爲實
あすか井の春の心は知らねども宿りしぬべき花の蔭かな
淨妙寺關白前右大臣
糸櫻の盛りに法勝寺を過ぐとて
立ち寄らで過ぎぬと思へど糸櫻心にかゝる春の木のもと
從二位爲子
花の歌あまた詠み侍りける中に
見ぬ方の木末いかにと此里の花にあかでも老をこそ思へ
藤原爲基朝臣
尋ね行く道も櫻を三吉野の花のさかりのおくぞゆかしき
大納言公重
百首の歌奉りし時
越えやらであかずこそ見れ春の日の長柄の山の花の下道
後伏見院御歌
遠村花と云ふ事を
櫻咲くとほぢの村の夕ぐれに花折りかざし人かへるなり
前大納言爲世
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
暮れぬとて立ちこそ歸れ櫻狩なほ行くさきに花を殘して
伏見院御歌
花の御歌の中に
枝もなく咲き重なれる花の色に梢も重きはるのあけぼの
從二位兼行
盛りとは昨日も見えし花の色のなほ咲きかをる木々の曙
從三位親子
花なれやまだ明けやらぬ東雲の遠のかすみの奥深きいろ
從一位教良女
伏見院人々に花の歌數多よませさせ給ひけるに
山の端の月は殘れるしのゝめに麓の花のいろぞあけゆく
後伏見院御歌
春のあしたと云ふ事を
花の上にさすや朝日のかげ晴れて囀る鳥の聲も長閑けき
進子内親王
開け添ふ梢の花に露見えておとせぬ雨のそゝぐあさあけ
永福門院
夕花を
花の上に志ばし移ろふ夕附日入るともなしに影きえに鳬
從三位親子
伏見院の御時五十番歌合に、春夕を
つく%\とかすみて曇る春の日の花靜なるやどの夕ぐれ
前大納言家雅
同じ歌合に、春風を
吹くとなき霞の志たの春風に花の香深きやどのゆふぐれ
花山院御歌
題志らず
足引の山に入り日の時しもぞあまたの花は照り増りける
伏見院御歌
花の上の暮れ行く空に響きゝて聲に色あるいりあひの鐘
徽安門院
そことなき霞の色にくれなりて近き梢のはなもわかれず
進子内親王
山うすき霞の空はやゝ暮れて花の軒端ににほふつきかげ
從二位爲子
前大納言爲兼の家に歌合し侍りけるに、春夜を
花白き梢の上はのどかにてかすみのうちに月ぞふけぬる
前大納言忠良
千五百番歌合に
峯しらむ梢の空に影落ちてはなのゆき間にありあけの月
後鳥羽院御歌
春の御歌の中に
あたら夜のなごりを花に契りおきて櫻分け入る有明の月
後嵯峨院御歌
西園寺に御幸ありて、翫花といふ題を講ぜられけるに
萬代の春日を今日になせりとも猶あかなくに花や散る覽
崇徳院御製
花の御歌の中に
年經れどかへらぬ色は春ごとに花に染めてし心なりけり
後光明照院前關白左大臣
花を尋ねて伴ひ侍りける人に次の日遣しける
今日も猶散らで心に殘りけりなれし昨日の花のおもかげ
從二位隆博
花の歌に
あぢきなくあだなる花の匂ひゆゑ浮世の春に染む心かな
修理大夫顯季
三月に閏ありける年よめる
常よりも長閑けく匂へ櫻花はるくはゝれる年の志るしに
前大僧正慈鎭
千五百番歌合に
春の心長閑けしとても何かせむ絶えて櫻のなき世
なりせば
後西園寺入道前太政大臣
惜花と云ふ事を
老が身は後の春とも頼まねば花もわが世も惜まざらめや
伏見院御歌
持明院に移住ませ給て花の木共數多植添へられて三歳計の後花咲きたるを御覽じて
植渡す我が世の花もはるは經ぬまして舊木の昔をぞ思ふ
權中納言定頼
雨の中に花を思ふと云ふ事をよみ侍りける
雨のうちに散りもこそすれ花櫻折りて簪さむ袖はぬる共
俊惠法師
源師光の家にて人々歌よみ侍りけるに、花を
折らずとて散らでもはてじ櫻花この一枝は家づとにせむ
平忠盛朝臣
山家花をよめる
尋ね來る花もちりなば山里は最ど人めや枯れむとすらむ
藤原元眞
屏風の繪に旅人道行くに櫻の花の散る所
行きてだにいかでとく見む我宿の櫻は今日の風に殘らじ
中納言家持
題志らず
立田山見つゝ越えこし櫻花ちりか過ぎなむ我が歸るとき
二條院參河内侍
花の歌の中に
見る人の惜む心やまさるとて花をば風の散らすなりけり
藻壁門院但馬
寳治の百首の歌の中に、落花
雲まよふ風に天ぎる雪かとてはらへば袖に花の香ぞする
前中納言定家
後京極攝政左大將に侍りける時家に六百番歌合し侍りけるに、志賀山越をよめる
袖の雪空吹く風もひとつにて花ににほへる志賀の山ごえ
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
今朝見れば宿の梢に風過て知られぬ雪のいくへともなく
皇太后宮大夫俊成女
千五百番歌合に
高砂の松のみどりも紛ふまで尾のへの風に花ぞちりける
前中納言爲相女
春の歌の中に
足柄の山のあらしの跡とめて花の雪ふむたけの志たみち
前大納言爲兼
落花をよめる
一志きり吹亂しつる風はやみて誘はぬ花も長閑にぞちる
入道二品親王法守
春風のやゝ吹きよわる梢より散り後れたる花ぞのどけき
顯親門院
院位におはしましける時、南殿の花の頃入らせ給ふべかりけるを、さはる事ありて程經侍りけるに、花の散りがたに奉られける
恨みばや頼めし程の日數をもまたで移ろふ花のこゝろを
院御歌
御返し
あだなれと咲き散る程はある物をとはれぬ花や猶恨む覽
伏見院御歌
花の頃北山に御幸あるべかりけるを、とゞまらせ給ひて次の日遣はさせ給ひける
頼めこし昨日の櫻ふりぬともとはゞやあすの雪の木の本
後西園寺入道前太政大臣
御返し
花の雪明日をも待たず頼め置きし其言の葉の跡もなければ
從二位爲子
落花をよみ侍りける
梢よりよこぎる花を吹きたてゝ山本わたる春のゆふかぜ
徽安門院
吹きわたる春の嵐の一はらひあまぎる花にかすむ山もと
正三位知家
長らへむ物とも志らで老が世に今年も花の散るを見る覽
後鳥羽院御歌
春の御歌の中に
我が身世に布留の山邊の山櫻移りにけりな詠めせしまに
大納言經信
宇治にて、山家見花と云ふ心を
白雲の八重たつ山のさくら花散り來る時や花と見ゆらむ
入道二品親王尊圓
百首の歌奉りしに
櫻花うつろふ色は雪とのみふるの山風吹かずもあらなむ
從二位宣子
落花を
いかにせむ花も嵐もうき世哉誘ふもつらし散るも恨めし
鎌倉右大臣
春ふかみ嵐の山の櫻ばな咲くと見し間に散りにけるかな
左京大夫顯輔
散る花を惜むばかりや世の中の人の心のかはらざるらむ
安嘉門院高倉
寳治の百首の歌に惜花といふ事を
一すぢに風も恨みじ惜めどもうつろふ色は花のこゝろを
前參議教長
題志らず
散らざりしもとの心は忘られてふまゝく惜しき花の庭哉
前中納言定家
百首の歌に
散りぬとてなどて櫻を恨み劔散らずは見まし今日の庭かは
從三位親子
春の歌とて
菫咲くみちの志ばふに花散りて遠かたかすむ野邊の夕暮
永福門院内侍
散り殘る花落ちすさぶ夕暮の山の端薄きはるさめのそら
前中納言清雅
閑庭落花を
つく%\と雨ふる郷のにはたづみ散りて波よる花の泡沫
藤原爲顯
題志らず
吹きよする風にまかせて池水の汀にあまる花の志らなみ
院御歌
百首の御歌の中に
梢より落ち來る花ものどかにて霞におもきいりあひの聲
前大納言公任
三井寺へまかりけるかへさに白川わたりにもとすみ侍りける所へよりたりけるに花の皆散りにければ
故郷の花はまたでぞ散りにける春より先に歸ると思へば
皇太后宮大夫俊成
花留客と云ふ事を
尋ね來る人は都をわするれどねにかへり行く山ざくら哉
太宰大貳重家
花の歌の中に
根に歸る花とは聞けど見る人の心の内にとまるなりけり
前參議爲實
散る花は浮草ながらかたよりて池のみさびに蛙鳴くなり
永福門院
瀧つ瀬や岩もとしろくよる花は流るとすれど又かへる
なり
從三位頼政
水上落花と云ふ事を
芳野川岩瀬の波による花やあをねが峰に消ゆるしらくも
法橋顯昭
題志らず
駒とめて過ぎぞやられぬ清見潟ちりしく花や波の關もり
後伏見院御歌
雨中花を
雨しぼるやよひの山の木がくれに殘るともなき花の色哉
大納言經信
山花末落と云ふ事を
うらみじな山の端かげの櫻花遲く咲けども遲く散りけり
道因法師
花の一枝散り殘れるを人のそれ折りてと云ひければ詠める
風だにも誘ひも果てぬ一枝のはなをば如何折りて歸らむ
前中納言定家
題志らず
おもだかや下葉に交る燕子花はな踏み分けてあさる白鷺
院御歌
百首の御歌に
やぶし分かぬ春とや汝も花の咲く其名も知らぬ山の下草
安嘉門院四條
苗代を
山川をなはしろ水にまかすれば田面にうきて花ぞ流るゝ
儀子内親王
櫻散る山した水をせき分けて花に流るゝ小田のなはしろ
九條左大臣女
春の田のあぜの細道たえまおほみ水せきわくる苗代の頃
太上天皇
百首の歌の中に
みなそこの蛙のこゑも物ふりて木深き池の春のくれがた
後鳥羽院御歌
建保四年百首の御歌に
せきかくる小田のはなしろ水澄てあぜこす浪に蛙鳴く也
西行法師
春の歌の中に
ますげおふるあら田に水を任すれば嬉し顏にも鳴く蛙哉
殷富門院大輔
みがくれてすだく蛙の聲ながら任せてけりな小田の苗代
前大僧正慈鎭
蛙鳴苗代と云ふ事をよめる
春の田の苗代みづを任すればすだく蛙のこゑぞながるゝ
伏見院御歌
題志らず
小夜ふかく月はかすみて水落つる木陰の池に蛙鳴くなり
中務
山吹の花のさかりは蛙なく井手にや春も立ちとまるらむ
皇太后宮大夫俊成
太神宮へ奉りける百首の歌に、山吹を
昔たれうゑはじめたる山ぶきの名を流しけむ井手の玉水
後鳥羽院御歌
春の御歌の中に
芳野川櫻流れし岩間よりうつればかはるやまぶきのいろ
大納言公重
百首の歌奉りし時
末おもる花は宛がら水にふして河瀬に咲ける井手の山吹
順徳院御歌
百首の御歌に
河のせに秋をや殘すもみぢ葉のうすき色なる山ぶきの花
壬生忠見
屏風に井手の山吹むら/\みゆる家の川の岸にも所々山ぶきあり、をとこまがきによりてせをそこ云ひたる所
折りてだに行べき物を餘所にのみ見てや歸らむ井手の山吹
藤原元眞
朱雀院の御屏風の繪に池のほとりに山吹櫻さけり。女簾をあげて見てたてり。
我宿の八重山吹は散りぬべし花のさかりを人の見にこぬ
讀人志らず
題志らず
鶯の來鳴く山吹うたかたも君が手触れずはな散らめやも
藤原興風
亭子院の歌合に
吹く風に止りもあへず散る時はやへ山吹の花もかひなし
後鳥羽院御歌
春の御歌の中に
山吹の花の露添ふ玉川のながれてはやきはるのくれかな
前大僧正慈鎭
日吉の社に奉りける百首の歌に
春深き野寺立ち籠むる夕霞つゝみのこせる鐘のおとかな
伏見院御歌
暮春の心を
霞渡るとほつ山べの春の暮なにのもよほす哀れともなき
前大納言公任
三條關白籠りゐて侍りける頃家の藤の咲きはじめたるを見てよみ侍りける
年毎に春をも知らぬ宿なれど花咲きそむる藤もありけり
前大僧正覺圓
朝藤と云ふ事を
むらさきの藤咲くころの朝曇つねより花の色ぞまされる
俊頼朝臣
題志らず
吹く風にふちこの浦を見渡せば波は梢の物にぞありける
兵部卿成實
藤の花思へばつらき色なれや咲くと見し間に春ぞ暮ぬる
永福門院
春の御歌の中に
散りうける山の岩根の藤つゝじ色に流るゝたに川のみづ
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
躑躅咲く片山蔭の春の暮それとはなしにとまるながめを
前大僧正慈鎭
樵路躑躅といふ事を
山人のつま木にさせる岩躑躅心ありてや手折りくしつる
後伏見院御歌
題志らず
何となく見るにも春ぞ慕はしき芝生に交る花のいろ/\
前大納言爲兼
暮春浦と云ふ事を
春の名殘ながむる浦の夕なぎに漕ぎ別れ行く船も恨めし
太上天皇
百首の歌の中に
此頃の藤山吹の花ざかりわかるゝはるもおもひおくらむ
進子内親王
春もはやあらしの末に吹きよせて岩根の苔に花ぞ殘れる
藤原教兼朝臣
春の歌の中に
花の後も春のなさけは殘りけり有明かすむ志のゝめの空
殷富門院大輔
春の暮によめる
身にかへて何歎くらむ大かたは今年のみやは春に別るゝ
藤原長能
行きて見む深山がくれの遲櫻あかず暮れぬる春の形見に
俊頼朝臣
三月晦日人々歌よみけるに
留らむ事こそ春の難からめ行くへをだにも知せましかば
皇太后宮大夫俊成
彌生のつごもりに、花はみな四方の嵐に誘はれてひとりや春の今日は行くらむと法印靜賢申して侍りけるに
惜しと思ふ人の心し後れねばひとりしもやは春の歸らむ
貫之
三月盡の心を
來む年も來べき春とは知り乍ら今日の暮るゝは惜くぞ有ける
後京極攝政前太政大臣
後鳥羽院よりめされける五十首の歌の中に
昨日まで霞みし物を津の國の難波わたりの夏のあけぼの
後伏見院御歌
首夏を
春くれし昨日も同じ淺みどり今日やはかはる夏山のいろ
前大納言爲家
寳治の百首の歌の中に、同じ心を
夏きてはたゞ一重なる衣手にいかでか春を立ち隔つらむ
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
櫻色の衣にもまたわかるゝに春を殘せるやどのふぢなみ
後二條院御歌
百首の御歌の中に、更衣を
櫻色の衣はうへにかふれども心にはるをわすれぬものを
院御歌
四月の始によませ給ひける
花とりの春におくるゝなぐさめにまづまちすさぶ山郭公
從二位家隆
後鳥羽院に奉りける五十首の歌の中に
時鳥まつとせし間にわがやどの池の藤なみ移ろひにけり
前中納言定家
千五百番歌合に
時志らぬ里は玉川いつとてか夏のかきねをうづむ志ら雪
前大納言經房
前大納言兼宗の家の歌合に、卯花を
朝まだき卯花山を見わたせば空はくもりてつもる志ら雪
前大納言爲兼
題志らず
夏淺きみどりの木立庭遠み雨降りしむる日ぐらしのやど
權大納言公宗
夏の朝のあめと云ふ事を
薄雲る青葉の山の朝明けに降るとしもなき雨そゝぐなり
後一條入道前關白左大臣
夏の歌に
もろ葛まだ二葉よりかけそめて幾世かへぬる賀茂の瑞垣
兵衛督
院に三十首の歌召されける時、葵
哀れとや神もみあれに葵草二葉よりこそたのみそめしか
前大納言爲家
寳治の百首の歌の中に、待郭公
葵草かざす卯月のほとゝぎすひとの心にまづかゝりつゝ
鷹司院按察
我がための聲にもあらじ郭公語らへとしもなど思ふらむ
源頼實
四月ばかりに人の許に云ひやりける
待侘びて聞きやしつると郭公人にさへこそ訪はまほしけれ
刑部卿頼輔
時鳥を詠める
年を經ておなじ聲なる郭公きかまほしさも變らざりけり
徽安門院
年を經ておなじ鳴く音を時鳥何かは忍ぶなにかまたるゝ
左兵衛督直義
百首の歌奉りし時
いつとてもまたずは非ねど同じくば山時鳥月になかなむ
權大納言公蔭
郭公さやかにをなけ夕月夜雲間のかげはほのかなりとも
前大納言資季
後嵯峨院に三首の歌奉けるに河郭公
岩ばしる瀧つ川浪をち歸り山ほとゝぎすこゝになかなむ
前大納言爲兼
郭公を
折りはへていまこゝになく時鳥きよく凉しき聲の色かな
右近大將道嗣
待ちえてもたどるばかりの一聲は聞きてかひなき郭公哉
入道二品親王尊圓
里郭公と云ふ事を
呉竹のふしみの里のほとゝぎす忍ぶ二代の事かたらなむ
前大納言爲兼
伏見院に卅首の歌奉ける時、聞郭公
時鳥人のまどろむ程とてや忍ぶるころはふけてこそなけ
前中納言爲相
題志らず
我が爲と聞きやなさまし霍公ぬしさだまらぬ己が初音を
京極前關白家肥後
堀川院に奉りける百首の歌に、郭公を
山深く尋ねきつればほとゝぎす忍ぶる聲も隱れざりけり
前中納言定家
夏の歌の中に
忘られぬこぞのふる聲戀ひ/\て猶めづらしき郭公かな
俊頼朝臣
連夜待郭公と云ふ事を
時鳥待つ夜の數はかさなれど聲は積らぬ物にぞありける
前參議俊言
聞郭公を
郭公あかぬなごりを詠めおくる心もそらに慕ひてぞゆく
藤原爲基朝臣
猶ぞまつ山時鳥一こゑのなごりをそらにしばしながめて
鎌倉右大臣
足びきの山郭公深山出でゝ夜ふかき月のかげになくなり
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
時鳥よこ雲かすむ山の端のありあけの月になほぞ語らふ
伏見院御歌
夏の御歌の中に
郭公なごりしばしのながめより鳴きつる峰は雲あけぬ
なり
祝部成仲
ひえの山にあひ知りたる僧の、里へいでば必おとせむと契り侍りけるに、里には出でながら音せず侍りければ、四月十日頃に遣はしける
里なるゝ山郭公いかなればまつやどにしも音せざるらむ
正三位季經
尋郭公歸路聞と云ふ事を
尋ねつるかひはなけれど時鳥かへる山路に一こゑぞ鳴く
後鳥羽院御歌
題志らず
尋ね入るかへさはおくれ時鳥誰れゆゑ暮す山路とかしる
前中納言定家
等閑に山ほとゝぎす鳴きすてゝ我しもとまる杜の下かげ
藤原仲實朝臣
夕かけていづち行くらむ郭公神なびやまに今ぞ鳴くなる
貫之
延喜の御時古今集撰び始められけるに夜更くるまで御前にさぶらふに時鳥の鳴きければ
こと夏は如何鳴きけむ郭公今宵ばかりはあらじとぞ聞く
從三位頼政
郭公を
時鳥あかで過ぎぬる名殘をば月なしとても詠めやはせぬ
待賢門院堀川
訪ふ人もなき故郷の黄昏にわれのみ名のるほとゝぎす哉
前中納言定家
千五百番歌合に
またれつゝ年にまれなる郭公さつきばかりの聲な惜みそ
前大納言尊氏
題志らず
菖蒲をば吹添ふれ共梅雨の古やの軒は洩るにぞありける
前大納言經繼
あやめ草ひく人もなし山しろのとはに波こす五月雨の頃
前大納言經親
伏見院の御時五十番歌合に夏雨をよみ侍りける
樗さく梢に雨はやゝはれて軒のあやめにのこるたまみづ
院冷泉
夏の歌の中に
菖蒲つたふ軒のしづくも絶々に晴間にむかふ五月雨の空
左近中將忠季
百首の歌奉りし時
夕月夜かげろふ窓は凉しくて軒のあやめに風わたる見ゆ
前大納言公泰
暮れかゝる外面の小田の村雨に凉しさそへてとる早苗哉
前大僧正慈鎭
早苗を
まだとらぬ早苗の葉末靡くなりすだく蛙の聲のひゞきに
從二位行家
寳治の百首の歌の中に、同じ心を
三輪川の水堰入れて大和なる布留のわさ田は早苗取る也
冷泉前太政大臣
今よりは五月きぬとや急ぐ覽山田の早苗取らぬ日ぞなき
前參議忠定
早苗とる田面の水の淺みどりすゞしきいろに山風ぞ吹く
藤原爲忠朝臣
百首の歌奉りし時
夕日さす山田のはらを見渡せば杉の木蔭に早苗とるなり
後伏見院御歌
夏の御歌に
小山田や早苗の末に風みえて行くて凉しきすぎの下みち
太上天皇
風わたる田面の早苗色さめていり日殘れる岡のまつばら
進子内親王
早苗とる山もと小田に雨はれて夕日の峯をわたるうき雲
院一條
雨晴るゝ小田の早苗の山もとに雲おりかゝる杉のむら立
從二位爲子
山家五月雨をよみ侍りける
山蔭や谷よりのぼる五月雨の雲は軒まで立ちみちにけり
後山本前左大臣
嘉元の百首の歌に、五月雨を
蛙鳴くぬまの岩がき浪こえてみくさうかるゝ五月雨の頃
參議雅經
千五百番歌合に
五月雨にこえ行く波は葛飾やかつみがくるゝまゝの繼橋
權中納言公雄
題志らず
あすか川ひとつ淵とやなりぬらむ七瀬の淀の五月雨の頃
正二位隆教
河五月雨を
五月雨にきしの青柳枝ひぢて梢をわたるよどのかはぶね
源俊平
寳治の百首の歌の中に、溪五月雨
流れ添ふ山の志づくの五月雨に淺瀬も深きたにがはの水
藤原清輔朝臣
夏の歌とて
田子の浦の藻鹽も燒かぬ梅雨に絶えぬは富士の烟
なりけり
兵部卿成實
河やしろ志のに波こす梅雨に衣ほすてふひまやなからむ
法印定爲
後宇多院に奉りける百首の歌の中に
五月雨の晴間待ち出づる月影に軒のあやめの露ぞ凉しき
後京極攝政前太政大臣
題志らず
五月雨の空をへだてゝ行く月の光はもらでのきのたま水
二品法親王承覺
五月雨にあたら月夜を過しきて晴るゝかひなき夕闇の空
修理大夫顯季
盧橘を
我宿の花橘やにほふらむやまほとゝぎすすぎがてに鳴く
民部卿爲藤
文保三年後宇多院へ奉りける百首の歌の中に
月影に鵜舟のかゞりさしかへて曉やみの夜がはこぐなり
中務卿宗尊親王
鵜川を
大井河鵜舟はそれとみえわかで山もと廻るかゞり火の影
前大納言爲氏
弘安の百首の歌奉りける時
牡鹿待つさつをの火串ほの見えてよそに明行く端山繁山
藤原義孝
照射をよみ侍りける
五月やみそことも知らぬ照射すと端山が裾に明しつる哉
皇太后宮大夫俊成
千五百番歌合に
ますらをや端山わくらむともし消ち螢にまがふ夕暗の空
永福門院
三十首の御歌の中に、夏鳥と云ふ事を
かげ志げき木の下やみの暗き夜に水の音して水鷄鳴く
なり
後伏見院御歌
水鷄を
心ある夏の景色の今宵かな木の間の月にくひなこゑして
前大納言實明女
百首の歌奉りし時
水鷄鳴く森一むらは木ぐらくて月に晴れたる野べの遠方
郁芳門院安藝
夏の歌の中に
槇の戸をしひてもたゝく水鷄哉月の光のさすと見る/\
祝子内親王
松の上に月の姿も見えそめて凉しくむかふ夕ぐれのやま
後京極攝政前太政大臣
雨晴るゝ軒の雫にかげ見えてあやめにすがる夏の夜の月
前關白右大臣
茂りあふ庭の梢を吹き分けて風に洩りくる月のすゞしさ
前中納言重資
百首の歌奉りし時
うたゝねに凉しき影を片しきて簾は月のへだてともなし
從三位盛親
夏の歌の中に
はしちかみ轉寢ながら更くる夜の月の影しく床ぞ凉しき
伏見院新宰相
秋よりも月にぞなるゝ凉むとて轉寢ながら明すよな/\
前大僧正道意
山水の岩洩る音もさ夜ふけて木の間の月の影ぞすゞしき
藤原隆祐朝臣
宵のまに暫し漂ふ雲間より待ち出でゝ見れば明くる月影
賀茂重保
水上夏月を
夏の夜は岩がき清水月冴えてむすべばとくる氷なりけり
後京極攝政前太政大臣
雨後夏月と云ふ事を
夕立の風にわかれて行く雲に後れてのぼる山の端のつき
後鳥羽院御歌
千五百番歌合に
まだ宵の月待つとても明けにけり短き夢の結ぶともなく
伏見院御歌
夏の御歌の中に
月や出づる星の光の變るかな凉しきかぜの夕やみのそら
すゞみつる數多の宿も靜まりて夜更けて白き道のべの月
從二位爲子
夏夜と云ふ事を
星多み晴れたる空は色濃くて吹くとしもなき風ぞ凉しき
小野小町
題志らず
夏の夜の侘しき事は夢をだに見る程もなく明くる
なりけり
寂蓮法師
千五百番歌合に
古への野寺のかゞみ跡絶えて飛ぶ火は夜半の螢なりけり
前關白左大臣基
百首の歌奉りし時
底清き玉江の水にとぶ螢もゆるかげさへすゞしかりけり
式部卿恒明親王
螢を
月うすき庭の眞清水音澄みてみぎはの螢かげみだるなり
順徳院御歌
池水は風もおとせで蓮葉のうへこす玉はほたるなりけり
後一條入道前關白左大臣
螢とぶかた山蔭の夕やみは秋よりさきにかねてすゞしき
皇太后宮大夫俊成女
寳治の百首の歌の中に、水邊螢
秋ちかし雲居までとや行く螢澤邊のみづにかげの亂るゝ
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
秋風とかりにやつぐる夕ぐれの雲近きまで行くほたる哉
凉しやと風の便りを尋ぬれば茂みに靡く野邊のさゆりば
如願法師
夏の歌の中に
山ふかみ雲消えなばと思ひしに又道絶ゆるやどの夏ぐさ
後鳥羽院御歌
建仁四年、百首の御歌の中に、夕立
片岡の棟なみより吹く風にかつ%\そゝぐゆふだちの雨
同院宮内卿
千五百番歌合に
衣手に凉しき風をさきだてゝ曇りはじむるゆふだちの空
前大納言爲家
寳治の百首の歌の中に、夕立
山もとの遠の日影はさだかにてかたへ凉しき夕だちの雲
前大納言經顯
百首の歌奉りし時、夏の歌
外山には夕立すらし立ちのぼる雲よりあまる稻妻のかげ
前大納言爲兼
題志らず
松を拂ふ風は裾野の草に落ちてゆふだつ雲に雨きほふ也
徽安門院
行きなやみ照る日苦しき山道にぬるともよしや夕立の雨
前太宰大貳俊兼
院に三十首の歌召されし時、夏木を
虹のたつ麓の杉は雲に消えて峯より晴るゝ夕だちのあめ
徽安門院小宰相
夕立を
降りよわる雨を殘して風はやみよそになり行く夕立の雲
宣光門院新右衛門督
夏の歌の中に
夕立の雲吹きおくるおひ風に木末のつゆぞまた雨と降る
院御歌
百首の御歌の中に
夕立の雲飛びわくる白鷺のつばさにかけて晴るゝ日の影
後西園寺入道前太政大臣
文保三年後宇多院に百首の歌奉りける時、夏の歌
月うつるまさごの上のにはたづみ跡まで凉し夕だちの雨
後山本前左大臣
更に又日影うつろふ竹の葉に凉しさ見ゆるゆふだちの跡
藤原爲守女
題志らず
降るほどは志ばしとだえて村雨の過ぐる梢の蝉のもろ聲
今上御歌
夏聲と云ふ事を
風高き松の木蔭に立ちよれば聞くも凉しき日ぐらしの聲
進子内親王
蝉を
雨晴れて露吹きはらふ木ずゑより風にみだるゝ蝉の諸聲
二品法親王尊胤
夏の歌の中に
蝉の聲は風にみだれて吹き返す楢のひろ葉に雨かゝる
なり
式部卿恒明親王
暮れはつる梢に蝉は聲やみてやゝかげ見ゆる月ぞ凉しき
院御歌
百首の御歌の中に
空晴れて梢色濃き月の夜のかぜにおどろくせみの一こゑ
藤原隆信朝臣
後京極攝政、左大臣に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、蝉をよめる
鳴きすさぶ隙かときけば遠近にやがて待ちとる蝉の諸聲
伏見院新宰相
納凉を
鳴く蝉の聲やむ杜に吹く風の凉しきなべに日も暮れぬ
なり
藤原爲秀朝臣
夕附日梢によわく鳴く蝉のはやまのかげは今ぞすゞしき
皇太后宮大夫俊成女
建仁三年、影供歌合に、雨後聞蝉と云ふ事を
雨晴れて空ふく風に鳴く蝉の聲もみだるゝもりの下つゆ
曾禰好忠
題志らず
芦の葉に隱れて住めば難波なるこやの夏こそ凉しかりけれ
平政村朝臣
中務卿宗尊親王の家の百首の歌に
夏山の茂みが志たに瀧落ちてふもとすゞしき水の音かな
覺譽法親王
深夜納凉を
吹分くる梢の月はかげふけてすだれにすさぶ風ぞ凉しき
後鳥羽院御歌
夏の御歌の中に
みだれ芦の下葉なみより行く水の音せぬ波の色ぞ凉しき
今出川入道前右大臣
題志らず
風通ふ山松がねの夕すゞみ水のこゝろもくみてこそ知れ
從二位兼行
夏の日の夕影おそき道のべに雲一むらの志たぞすゞしき
祝子内親王
日の影は竹より西にへだゝりて夕風すゞし庭のくさむら
權律師慈成
山川のみなそこきよき夕波に靡く玉藻ぞ見るもすゞしき
權大納言公蔭
山もとや木の志ためぐる小車の簾うごかす風ぞすゞしき
進子内親王
夜納凉といふことを
もりかぬる月はすくなき木の下に夜深き水の音ぞ凉しき
從二位兼行
題志らず
苔青き山の岩根の松かぜにすゞしくすめるみづの色かな
前大僧正慈鎭
夏深き峯の松が枝風こえて月かげすゞしありあけのやま
寂蓮法師
淺茅生に秋まつ程や忍ぶらむ聞きもわかれぬむしの聲々
永福門院
草の末に花こそ見えね雲風も野分に似たるゆふ暮のあめ
大納言通方
夏月を
結ぶ手に月をやどして山の井のそこの心に秋や見ゆらむ
前左大臣
晩風似秋と云ふ事を
松に吹く風も凉しき山陰に秋おぼえたる日ぐらしのこゑ
伏見院御歌
夏の御歌の中に
鳴く聲も高き梢のせみのはの薄き日影にあきぞちかづく
權中納言公雄
文保三年後宇多院に奉りける百首の歌の中に
御祓する河瀬の浪の白ゆふは秋をかけてぞ凉しかりける
圓光院入道前關白太政大臣
六月祓を
御祓するゆくせの波もさ夜ふけて秋風近し賀茂の川みづ
順徳院御歌
湊川夏の行くては知らねども流れて早き瀬々のゆふしで
前中納言定家
後京極攝政、左大將に侍りける時、家に六百番歌合し侍りけるに、殘暑を
秋來てもなほ夕風を松が根に夏を忘れしかげぞたちうき
後嵯峨院御歌
寳治二年、百首の歌人々に召されけるついでに、早秋を
風の音の俄に變るくれはとりあやしと思へば秋は來に鳬
藻壁門院但馬
白露はまだおきあへぬうたゝ寐の袖におどろく秋の初風
正二位隆教
題志らず
露ならぬ泪ももろくなりにけり荻の葉むけの秋のはつ風
入道二品親王法守
秋の歌とて
おちそむる桐の一葉の聲のうちに秋の哀を聞き始めぬる
權大納言公宗
夕暮の雲にほのめく三日月のはつかなるより秋ぞ悲しき
前大納言爲家
夕まぐれ秋來るかたの山の端に影珍らしくいづるみか月
權大納言公蔭
初秋露を
秋來てはけふぞ雲間に三日月の光まちとる萩のうはつゆ
式子内親王
正治二年、百首の歌に
詠むれば木の間移ろふ夕づくよやゝ氣色だつ秋の空かな
從に位家隆
名所の百首の歌の中に、泊瀬山
秋の色はまだこもりえの泊瀬山何をか
ことに露もおくらむ
前中納言定家
題志らず
山里は蝉の諸ごゑ秋かけて外面のきりのした葉おつなり
從三位客子
色うすき夕日の山に秋見えて梢によわる日ぐらしのこゑ
權中納言俊實
影弱き木の間の夕日移ろひて秋すさまじき日ぐらしの聲
永福門院
むら雀こゑする竹にうつる日の影こそ秋の色になりぬれ
凡河内躬恒
七月七日よみ侍りける
今日ははやとく暮れなゝむ久方の天の川霧立ち渡りつゝ
後山本前左大臣
文保三年奉りける百首に
心をばかすともなしに銀河よその逢ふ瀬に暮ぞ待たるゝ
前參議隆康
文永十年内裏にて七夕の七首の歌講ぜられけるに
逢ふ事をまどほに頼む七夕の契やうすきあまの羽ごろも
清輔朝臣
題志らず
思ひやる心も凉し彦ぼしのつままつ宵のあまのかはかぜ
讀人志らず
天の原ふりさけ見れば天の川霧立ちわたる君はきぬらし
伊勢
尚侍貴子の四十の賀民部卿清貫志侍りける屏風に七月七日たらひに影見たる所
珍らしく逢ふ七夕はよそ人も影みまほしき夜にぞありける
紫式部
七夕の歌の中に
大方をおもへばゆゝし天の川今日の逢ふ瀬は羨まれけり
前中納言匡房
天の川逢ふ瀬によする白波は幾夜をへても歸らざらなむ
太宰大貳重家
七夕の逢ふ瀬は難き天の川やすの渡りも名のみなりけり
後光明照院前關白左大臣
七夕の契りは秋の名のみしてまだ短夜はあふほどやなき
源義詮朝臣
年をへてかはらぬ物は七夕の秋をかさぬるちぎり
なりけり
太上天皇
百首の歌の中に
更けぬなり星合の空に月は入りて秋風動く庭のともし火
後嵯峨院御歌
七夕の心を
たなばたに心をかして歎くかな明方ちかきあまのかは風
前大納言實教
後宇多院大覺寺におはしましける頃七夕の七百首の歌の中に、野女郎花を
幾年か嵯峨野の秋の女郎花つかふる道になれて見つらむ
前左兵衛督惟方
顯昭久しくおとづれざりければ申し遣しける
秋くれば萩もふるえに咲く物を人こそかはれもとの心は
法橋顯昭
返し
我が心又かはらずよ初萩の下葉にすがるつゆばかりだに
俊頼朝臣
草花露深と云ふ事を
あだし野の萩の末こす秋風にこぼるゝ露やたま川のみづ
安嘉門院四條
萩をよめる
さこそわれ萩の古枝の秋ならめもとの心を人の問へかし
永福門院
秋の御歌に
眞萩散る庭の秋風身にしみて夕日の影ぞかべに消え行く
前中納言定家
風吹けば枝もとをゝにおく露の散るさへ惜しき秋萩の花
九條左大臣女
乾元二年伏見院の五十番歌合に、秋露を
志をれふす枝吹き返す秋風にとまらずおつる萩のうは露
藤原公直朝臣母
題志らず
一志ぼり雨はすぎぬる庭の面に散りてうつろふ萩が花摺
從三位盛親
秋ふかみ花散る萩はもと透きて殘る末葉の色ぞさびしき
前大納言尊氏
籬薄を
露にふす眞垣の萩は色くれて尾花ぞ志ろき秋かぜのには
伏見院御歌
秋の歌あまたよませ給ひける中に
庭の面に夕べの風は吹きみちて高き薄のすゑぞみだるゝ
見わたせば裾野の尾花吹きしきて夕暮はげし山颪のかぜ
進子内親王
秋さむき夕日は峰にかげろひて岡の尾花にかぜすさぶ也
從三位親子
風後草花を
招きやむ尾花が末も靜にて風吹きとまるくれぞさびしき
院御歌
百首の御歌の中に
吹きうつりなびく薄の末々を長閑にわたる野邊の夕かぜ
藤原隆祐朝臣
九條前内大臣の家の百首の歌に、遠村秋夕と云ふ事を
夕日さす遠山もとのさと見えて薄吹きしく野邊のあき風
二品法親王慈道
薄を
身をかくす宿にはうゑじ花薄招くたよりに人もこそとへ
前大納言爲兼
秋の歌の中に
哀れさもその色となき夕暮の尾花が末にあきぞうかべる
源重之女
招くとも頼むべしやは花ずゝき風に隨ふこゝろなりけり
正三位季經
後法性寺入道關白、右大臣に侍りける時、よませ侍りける百首の歌の中に、草花を
吹く風のたよりならでは花ずゝき心と人を招かざりけり
前中納言定家
題志らず
打ち志めり薄のうれはおもりつゝ西吹く風に靡く村さめ
伏見院御歌
荻風を
こゝにのみあはれやとまる秋風の荻のうへこす夕暮の宿
前大納言爲兼
吹き捨てゝ過ぎぬる風の名殘まで音せぬ荻も秋ぞ悲しき
入道二品親王法守
百首の歌奉りし時
庭白きいさごに月は移ろひて秋風よわきはなのすゑ%\
前太宰大貳俊兼
秋の歌とて
薄霧のそらはほのかに明けそめて軒の忍に露ぞ見え行く
藤原爲守女
秋ぞかしいかに哀のとばかりにやすくも置ける袖の露哉
藤原重顯
光り添ふ草葉の上に數見えて月を待ちけるつゆの色かな
如願法師
庭草露と云ふ事を
踏み分けて誰れかは訪はむ蓬生の庭も籬もあきの志ら露
後鳥羽院御歌
千五百番歌合に
哀れ昔如何なる野邊の草葉よりかゝる秋風吹き始めけむ
前大僧正覺圓
題志らず
村雲に影さだまらぬ秋の日の移りやすくもくるゝ頃かな
從二位家隆
淺茅原秋風吹きぬあはれまた如何に心のならむとすらむ
伏見院御歌
秋風は遠き草葉をわたるなり夕日の影は野邊はるかにて
藤原爲基朝臣
鷺のゐるあたりの草はうら枯れて野澤の水も秋ぞ寂しき
院御歌
秋の歌あまた詠ませ給ひける中に
村雨のなかば晴れ行く雲霧に秋の日きよきまつ原のやま
永福門院
夕附日岩根の苔に影消えて岡のやなぎはあきかぜぞふく
前大納言爲兼
秋風に浮雲たかく空澄みて夕日になびくきしのあをやぎ
伏見院御歌
庭深き柳の枯葉散りみちてかきほあれたるあきかぜの宿
太上天皇
百首の歌の中に
川遠き夕日の柳岸はれてさぎのつばさにあきかぜぞふく
前中納言重資
影よわき柳がうれのゆふづくひ寂しくうつる秋の色かな
從二位家隆
秋の歌とて
玉島や落ちくるあゆの河柳下葉うち散りあきかぜぞ吹く
儀子内親王
薄霧のやまもと遠く鹿鳴きて夕日かげろふ岡のべのまつ
橘爲仲朝臣
小夜の中山と云ふ所にて鹿の鳴くを聞きて詠める
旅寐するさよの中山さよなかに鹿も鳴くなり妻や戀しき
藤原爲秀朝臣
題志らず
暮れうつる眞垣の花は見え分かで霧に隔てぬ小牡鹿の聲
徽安門院一條
百首の歌奉りし時
隔たらぬ牡鹿の聲は間近くてきりの色よりくるゝ山もと
寂然法師
秋の歌に
木枯に月澄む峯の鹿の音を我のみ聞くは惜しくもある哉
後京極攝政前太政大臣
千五百番歌合の歌
物思へとする業ならし木の間より落たる月に小男鹿の聲
前大僧正範憲
野鹿を
幾秋の涙さそひつ春日野や聞きてなれぬる小牡鹿のこゑ
貫之
題志らず
秋萩の亂るゝ玉は鳴く鹿の聲より落つるなみだなりけり
基俊
堀川院の百首の歌に、鹿を
風さむみはだれ霜降る秋の夜は山下とよみ鹿ぞ鳴くなる
大納言成道
同じ心を
終夜妻とふ鹿を聞くからに我さへあやないこそ寐られね
式子内親王
正治二年、百首の歌に
山里は峰の木の葉にきほひつゝ雲よりおろす小牡鹿の聲
民部卿爲藤
文保三年後宇多院より召されける百首の歌の中に
小山田の庵もる床も夜さむにて稻葉の風に鹿ぞ鳴くなる
俊頼朝臣
初雁を詠める
初雁は雲居のよそに過ぎぬれど聲は心に止まるなりけり
藤原爲基朝臣
院の五首の歌合に、秋視聽と云ふ事を
色變る柳がうれに風過ぎて秋の日さむみはつかりのこゑ
儀子内親王
吹き志をる千種の花は庭に臥して風にみだるゝ初雁の聲
前大僧正道玄
雁を
このねぬる朝風寒み初雁の鳴く空見ればこさめ降りつゝ
後西園寺入道前太政大臣
題志らず
村雲によこぎる雁の數みえて朝日に消ゆるみねのあき霧
伏見院御歌
百首の御歌の中に
朝ぼらけ霧の晴れ間の絶え%\に幾列過ぎぬ天つ雁がね
從三位爲信
伏見院に三十首の歌奉りける時、霧中雁を
霧薄き秋の日影の山の端にほの%\見ゆるかりの一つら
後伏見院中納言典侍
秋の歌に
夕日影寂しく見ゆる山もとの田面にくだるかりの一つら
覺譽法親王
百首の歌奉りし時
夕霧のむら/\晴るゝ山際に日影をわたるかりの一つら
大納言公重
しをれ來て都も同じあき霧につばさや干さぬ天つ雁がね
皇太后宮大夫俊成
和歌所にて暮山遠雁と云ふ事を講ぜられけるに
小倉山ふもとの寺の入相にあらぬ音ながらまがふ雁がね
從二位家隆
晴れ染むる遠の外山の夕霧に嵐をわくるはつかりのこゑ
伏見院御歌
秋の御歌の中に
打ちむれてあまとぶ雁のつばさまで夕に向ふ色ぞ悲しき
院御歌
百首の御歌に
雲遠き夕日の跡の山際に行くとも見えぬかりのひとつら
關白右大臣
雲間もる入日の影に數見えてとほぢの空を渡るかりがね
徽安門院
秋の歌とて
雁の鳴くとほぢの山は夕日にて軒ばしぐるゝ秋の村くも
前大納言爲兼
夕日移る柳の末の秋風にそなたのかりのこゑもさびしき
大江宗秀
秋風にうす霧晴るゝ山の端をこえてちかづく雁の一つら
永福門院内侍
雁の鳴く夕の空のうす雲にまだ影見えぬつきぞほのめく
二品法親王尊胤
秋風の高きみ空は雲晴れてつきのあたりに雁のひとつら
伏見院御歌
雁を
連れてとぶ數多の翅横切りて月の下行く夜半のかりがね
式子内親王
正治二年後鳥羽院に奉りける百首の歌の中に
萩の上に雁の涙の置く露はこほりにけりな月にむすびて
徽安門院一條
百首の歌奉りしに
窓白き寐覺の月の入りがたにこゑもさやかに渡る雁がね
賀茂保憲女
秋の歌の中に
秋の夜のねざめの程を雁がねの空にしればや鳴渡るらむ
和泉式部
雁がねの聞ゆるなべに見渡せば四方の梢も色づきにけり
讀人志らず
題志らず
雲の上に鳴つる雁の寒きなべに木々の下葉は移ろはむかも
穂積皇子
今朝の朝げ雁がね聞きつ春日山紅葉にけらしわが心痛し
貫之
朝霧の覺束なきに秋の田の穗に出でゝ雁ぞ鳴き渡りける
前大納言爲家
春日の社に奉りける百首の歌の中に
色かはる梢を見ればさほ山の朝霧がくれかりは來にけり
後伏見院御歌
霧中雁を
天つ雁霧のあなたに聲はして門田のすゑぞ霜にあけゆく
永福門院
月前虫と云ふ事を
きり%\す聲はいづくぞ草もなき白洲の庭の秋の夜の月
藤原定成朝臣
きり%\す月をやしたふ庭遠くかたぶく方の影に鳴く也
前左大臣
夜虫を
宵の間は稀に聞きつる虫の音も更けてぞ志げき蓬生の庭
章義門院
題志らず
分きてなど夜しも増る憂へにて明くるを際に虫の鳴く覽
接心院内大臣
野邊の色もかれのみ増る淺茅生に殘るともなき松虫の聲
權大納言公蔭
百首の歌奉りし時
蛬おのが鳴く音もたえ%\にかべのひま洩る月ぞ悲しき
後京極攝政前太政大臣
秋の歌とて
虫の音は楢の落葉に埋もれて霧のまがきに村さめの降る
從二位兼行