るに人のこゝろもいとたのもしげにはみえずなんありける。
師走になりぬ。横川にものすることありてのぼりぬ。「人雪にふりこめられていとあはれにこひしきことおほくなん」とあるにつけて
こほるらんよがはのみづにふるゆきもわがごときえてものはおもはじ
などいひてそのとしはかなくくれぬ。
正月ばかりに二三日みえぬほどにものへわたらんとて「人こばとらせよ」とてかきおきたる
しられねばみをうぐひすのふりいでつゝなきてこそゆけのにも山にも
かへりごとあり
うぐひすのあだにでゆかんやまべにもなくこゑきかばたづぬばかりぞ
などいふうちよりなほもあらぬことありて春夏なやみくらして八月つごもりにとかうものしつ。そのほどのこゝろばへはしもねんごろなるやうなりけり。
さて九月ばかりになりていでにたるほどにはこのあるを手まさぐりにあけてみれば人のもとにやらんとしけるふみあり。あさましさにみてけりとだにしられんとおもひてかきつく
うたがはしほかにわたせるふみみればここやとだえにならんとすらん
などおもふほどに心えなう十月つごもりがたに三夜しきりてみえぬときあり。「つれなうてしばしこゝろみるほどに」など氣色あり。これよりゆふさりつかた「うちのがるまじかりけり」とていづるに心えで人をつけてみすれば「町の小路なるそこ/\になんとまり給ひぬ」とてきたり。さればよといみじうこゝろうしと思へどもいはんやうもしらであるほど
に二三日ばかりありてあかつきがたにかどをたゝくときあり。さなめりと思ふにうくてあけさせねばれいのいへとおぼしきところにものしたり。つとめてなほもあらじとおもひて
なげきつゝひとりぬるよのあくるまはいかにひさしきものとかはしる
とれいよりはひきつくろひてかきてうつろひたる菊にさしたり。かへりごと「あくるまでもこころみむとしつれどとみなるめしつかひのきあひたりつればなんいとことわりなりつるは
げにやげにふゆのよならぬまきのともおそくあくるはわびしかりけり
さてもいとあやしかりつるほどにことなしびたる、しばしはしのびたるさまにうちになどいひつゝぞあるべきをいとゞしう心づきなくおもふことぞかぎりなきや。
としかへりて三月ばかりにもなりぬ。桃のはななどやとりまうけたりけんまつにみえず、いまひとかたも例はたちさらぬ心ちにけふぞみえぬ。さて四日のつとめてぞみなみえたる。よべよりまちくらしたるものどもなほあるよりはとてこなたかなたとりいでたり。心ざしありしはなををりてうちのかたよりあるをみれば心たゞにしもあらで手ならひにしたり。
まつほどのきのふすぎにしはなのえはけふをることぞかひなかりける
とかきてよしやにくきにとおもひてかくしつる氣色をみてばひとりてかへししたり
みちとせをみつべきみにはとしごとにすくにもあらぬはなとしらせん
とあるをいまひとかたにもきゝて
はなによりすくてふことのゆゝしきによそながらにてくらしてしな
り
かくていまはこの町の小路にわざといろにいでにたり。本つひとをだにあやしうくやしと思ひげなるときがちなり。いふかたなうこゝろうしとおもへどもなにわざをかはせん。このいまひとかたのいでいりするをみつゝあるにいまは心やすかるべきところへとてゐてわたす。とまる人まして心ぼそし。かげもみえがたかべいことなどまめやかにかなしうなりてくるまよするほどにかくいひやる。
などかゝるなげきはしげさまさりつゝ人のみかるるやどとなるらん
かへりごとはをとこぞしたる。
おもふてふわがことのはをあだ人のしげるなげきにそへてうらむな
などいひおきてみなわたりぬ。おもひしもしるくたゞひとりふしおきす。おほかたのよのうちあはぬことはなければたゞ人のこゝろのおもはずなるをわれのみならずとしごろのところにもたえにたなりときゝてふみな
どかよふことありければ五月三四日のほどにかくいひやる。
そこにさへかるといふなるまこもぐさいかなるさはにねをとゞむらん
かへし
まこもぐさかるとはよどのさはなれやねをとゞむてふさはゝそことか
六月になりぬ。ついたちかけてながあめいたうす。みいだしてひとりごとに
わがやどのなげきのしたばいろふかくうつろひにけりながめふるまに
などいふほどに七月になりぬ。たえぬとみましかばかりにくるにはまさりなましなどおもひつゞくるをりにものしたる日あり。ものもいはねばさう%\しげなるにまへなる人ありし「したば」のことをものゝついで
にいひいでたればきゝてかくいふ。
をりならでいろづきにけるもみぢばはときにあひてぞいろまさりける
とあれば硯ひきよせて
あきにあふいろこそましてわびしけれしたばをだにもなげきしものを
とぞかきつくる。かくありつゞきたえずはくれども心のとくるよなきにあれまさりつゝ、きては氣色あしければたふるゝにたち山とたちかへるときもあり。ちかきとなりにこゝころばへしれる人いづるにあはせてかくいへり。
もしほやくけぶりのそらにたちぬるはふすべやしつるくゆるおもひに
などとなりさかしらするまでふすべかはしてこのごろはこととひさしう
見えず。たゞなりしをりはさしもあらざりしをかくこゝろあくがれていかなるものどらかにうちおきたるもののみえぬくせなんありける。かくてやみぬらんそのものと思ひいづべきたよりだになくぞありけるかしと思ふに十日ばかりありてふみあり、なにくれといひて「帳のはしらにゆひつけたりし小弓の矢とりて」とあればこれぞありけるかしとおもひてときおろして
おもひいづるときもあらじとおもへどもやといふにこそおどろかれぬれ
とてやりつ。かくてたえたるほどわがいへはうちよりまゐりまかづるみちにしもあれば夜中あかつきとうちしはぶきてうちわたるもきかじとおもへどもうちとけたるいもねられず夜ながうしてねぶることなければさななりとみきく心ちはなににかはにたる。いまはいかでみきかずだにありにしがなとおもふに「むかしすきごとせし人もいまはおはせずとか」
など人につきてきこえごつをきくをものしうのみおぼゆれば日ぐれはかなしうのみおぼゆ。子供あまたありときくところもむげにたえぬときく。あはれましていかばかりとおもひてとぶらふ。九月ばかりのことなりけり。あはれなどしげくかきて
ふく風につけてもとはむさゝがにのかよひしみちはそらにたゆとも
かへりごとにこまやかに
いろかはるこゝろとみればつけてとふかぜゆゝしくもおもほゆるかな
とぞある。かくてつねにしもえいなびはてでとき%\みえて冬にもなりぬ。ふしおきはたゞをさなき人をもてあそびて「いかにしてあじろの氷魚にこととはむ」とぞ心にもあらでうちいはるる。
としまたこえて春にもなりぬ。このごろよむとてもてありく書とりわすれてをんなをとりにおこせたり。つゝみてやるかみに
ふみおきしうらも心もあれたればあとをとゞめぬ千どりなりけり
かへりごとさかしらにたちかへり
心あるとふみかへすともはまちどりうらにのみこそあとはとゞめゝ
つかひあれば
はまちどりあとのとまりをたづぬとてゆくへもしらぬうらみをやせむ
などいひつゝ夏にもなりぬ。このときのところに子うむべきほどになりて、よきかたはこびてひとつ車にはひのりて一京ひゞきつゞきていとききにくきまでのゝしりてこのかどのまへよりしもわたるものか。われはわれにもあらずものだにいはねばみる人つかふよりはじめて「いとむねいたきわざかなよにみちしもこそはあれ」などいひのゝしるをきくにたゞしぬるものにもがなと思へどこゝろにしかなはねばいまよりのちたけくはあらずともたえてみえずだにあらんいみじう心うしとおもひてある
に三四日ばかりありてふみあり。あさましうつべたましとおもふ/\みれば「このごろこゝにわづらはるゝことありてえまゐらぬをきのふなんたひらかにものせらるめるけがらひもやいむとてなん」とぞある。あさましうめづらかなることかぎりなし。たゞ「給はりぬ」とてやりつ。つかひに人とひければ「をとこぎみになん」といふをきくにいとむねふたがる。三四日ばかりありてみづからいともつれなくみえたり。なにかきたるとて見いれねばいとはしたなくてかへることたび/\になりぬ。
七月になりてすまひのころ、ふるきあたらしきと一くだりづゝひきつゝみて「これせさせ給へ」とてはあるものか。みるに目くるゝこゝちぞする。こだいの人は「あないとほしかしこにはえつかうまつらずこそはあらめ」、なま心あるひとなどさしあつまりて「すゞろはしやえせでわろからんをだにこそきかめ」などさだめてかへしやりつるもしるくこゝかしこになんもてちりてするときく。かしこにもいとなさけなしとかやあ
らん廿餘日おとづれもなし。いかなるをりにかあらんふみぞある。「まゐりこまほしけれどつゝましうてなんたしかに來とあらばおづ/\も」とあり。かへりごともすまじとおもふもこれかれ「いとなさけなしあまりなり」などものすれば
ほにいでゝいはじやさらにおほよそのなびくをばなにまかせてもみむ
たちかへり
ほにいでばまづなびきなんはなすゝきこちてふかぜのふかむまにまに
つかひあれば
あらしのみふくめるやどにはなすゝきほにいでたりとかひやなからん
などよろしういひなして又みえたり。せざいのはないろ/\にさきみだ
れたるをみやりてふしながらかくぞいはるゝ。かたみにうらむるさまのことどもあるべし。
もゝくさにみだれてみゆる花のいろはたゞしらつゆのおくにやあるらん
とうちいひたればかくいふ
みのあきをおもひみだるゝ花の上に内のこゝろはいへばさらなり
などいひてれいのつれなうなりぬ。ねまちの月のやまのはいづるほどにいでむとする氣色あり。さらでもありぬべき夜かなと思ふけしきやみえけむ「とまりぬべきことあらば」などいへどさしもおぼえねば
いかゞせん山のはにだにとゞまらでこゝろもそらにいでむ月をば
かへし
ひさかたのそらにこゝろのいづといへばかげはそこにもとまるべきかな
とてとゞまりにけり。
さて又のわきのやうなることして二日ばかりありてきたり。「ひと日の風はいかにともれいの人はとひてまし」といへばげにとやおもひけんことなしびに
ことのはゝちりもやするととめおきてけふはみからもとふにやはあらぬ
といへば
ちりきてもとひぞしてましことのはをこちはさばかりふきしたよりに
かくいふ
こちといへばおほぞふなりし風にいかでつけてはとはんあたらなだてに
まけじ心にて又
ちらさじとをしみおきけることのはをきながらだにぞけさはとはまし
これはさもいふべしとや人ことわりけん。
また十月ばかりに「それはしもやんごとなきことあり」とていでんとするにしぐれといふばかりにもあらずあやにくにあるになほいでんとす。あさましさにかくいはる。
ことわりのをりとは見れどさよふけてかくやしぐれのふりはいづべき
といふにしひたる人あらんやは。
かうやうなるほどにかのめでたきところには子うみてしよりすさまじげに成りにたべかめれば、人にくかりし心思ひしやうは「いのちはあらせてわがおもふやうにおしかへしものをおもはせばや」と思ひしをさやうになりもていではてはうみのゝしりし子さへしぬものか。孫王のひが
みたりしみこのおとしだねなりいふかひなくわろきことかぎりなし。たゞこのごろのしらぬ人のもてさわぎつるにかゝりてありつるをにはかにかくなりぬればいかなるこゝちかはしけむわがおもふにはいますこしうちまさりてなげくらんとおもふにいまぞむねはあきたる。いまぞ例のところにうちはらひてなどきく。されどこゝにはれいのほどにぞかよふめればともすればこゝろづきなうのみおもふほどに、こゝなる人かたことなどするほどになりてぞある。いづとてはかならず「いまこんよ」といふもきゝもたりてまねびありく。かくて又心のとくる夜なくなげかるゝになまさかしらなどする人は「わかき御そらになどかくては」といふこともあれど、人はいとつれなう「われやあしき」などうらもなうつみなきさまにもてないたればいかゞはすべきなどよろづに思ふことのみしげきを、いかでつぶ/\といひしらするものにもがなと思ひみだるゝときこゝろづきなきや、むねうちさわぎてものいはれずのみあり。なほかき
つゞけてもみせんとおもひて
おもへたゞ むかしもいまも わがこゝろ のどけからでや はてぬべき みそめしあきは ことのはの うすきいろにや うつろふと なげきのしたに なげかれき ふゆはくもゐに わかれゆく 人ををしむと はつしぐれ くもりもあへず ふりそぼち こゝろぼそくは ありしかど きみにはしもの わするなと いひおきつとか きゝしかば さりともとおもふ ほどもなく とみにはるけき わたりにて しらくもばかり ありしかば こゝろそらにて へしほどに きりもたなびき たえにけり またふるさとに かりがねの かへるつらにやと おもひつゝ ふれどかひなし かくしつゝ わがみむなしき せみのはの いましも人の うすからず なみだのかはの はやくより かくあさましき う
らゆゑに なかるゝことも たえねども いかなるつみか おもからん ゆきもはなれず かくてのみ 人のうきせに たゞよひて つらきこゝろは みづのあわの きえばきえなんと 思へども かなしきことは みちのくの つゝじのをかの くまつゞら くるほどをだに またでやは すぐせたゆべき あぶくまの あひみてだにと おもひつゝ なげくなみだの ころもでに かゝらぬよにも ふべきみを なぞやとおもへど あふばかり かけはなれては しかすがに こひしかるべき からごろも うちきて人の うらもなく なれしこゝろを 思ひては うき世をされる かひもなく おもひいでなき われやせん と思ひかくおもひ おもふまに やまとつもれる しきたへの まくらのちりも ひとりねの かずにしとらば つきぬべし なにかたえぬる
たびなりと おもふものから かぜふきて 一日もみえし あまぐもは かへりしときの なぐさめに いまこんといひし ことのはを さもやとまつの みどりごの たえずまねぶも きくごとに 人わろくなる なみだのみ わがみをうみと たゝふとも みるめもよせぬ みつのうらは かひもあらじと しりながら いのちあらばと たのめこし ことばかりこそ しらなみの たちもよりこば とはまほしけれ
とかきつけて二階の中におきたり。れいのほどにものしたれどそなたにもいでずなどあればゐわづらひてこのふみばかりをとりてかへりにけり。さてかれよりかくぞある。
をりそめし ときのもみぢの さだめなく うつろふいろは さのみこそ あふあきごとに つねならめ なげきのしたの
このはには いとゞいひおく はつしもに ふかきいろにや なりにけん おもふおもひの たえもせず いつしかまつの みどりごを ゆきてはみむと するがなる たごのうらなみ たちよれど ふじのやまべの けぶりには ふすぶることの たえもせず あまぐもとのみ たなびけば たえぬわがみは しらいとの まひくるほどを おもはじと あまたの人の せかすれば みははしたかの すゞろにて なづくるやどの なければぞ ふるすにかへる まに/\は とひくることの ありしかば ひとりふすゐの とこにして ねざめの月の まきのとに ひかりのこさず もりてくる かげだにみえず ありしより うとむ心ぞ つきそめし たれかよづまと あかしけん いかなるいろの おもきぞと いふはこれこそ つみならし とはあぶくまの あひもみで かゝらぬ人に
かゝれかし なにのいはきの みならねば おもふこゝろも いさめぬに うらのはまゆふ いくかさね へだてはてつる からごろも なみだのかはに そぼつとも 思ひしいでば たきものゝ 籠のめばかりは かわきなん かひなきことは かひのくに へみのみまきに あるるむまを いかでか人は かけとめんと おもふものから たらちねの おやとしるらん かたかひの こまやこひつゝ いなかせんと おもふばかりぞ あはれなるべき
とか。つかひあればかくものす。
なづくべきひともはなてばみちのくのむまやかぎりにあらんとすらん
いかゞおもひけんたちかへり
われがなを尾駁のこまのあればこそなづくにつかぬみともしられめ
かへしまた
こまうげになりまさりつゝなづけぬをこなはたえずぞたのみきにける
又かへし
しらかはのせきのせけばやこまうくてあまたの日をばひきわたりつる
あさてばかりは逢阪」とぞある。時は七月五日のことなり。ながきものいみにさしこもりたるほどにかくありしかへりごとには
あまのかはなぬかをちぎる心あらばほしあひばかりのかげをみよとや
ことわりにもやおもひけんすこし心をとめたるやうにて月ごろになりゆく。
めざましと思ひしところはいまは天下のわざをしさわぐときけば心や
すし。むかしよりのことをばいかゞはせんたへがたくともわが宿世のおこたりにこそあめれなど心をちゞにおもひなしつゝありふるほどに、少納言のとしへて四の品になりぬれば殿上もおりてつかさめしにいとねぢけたるものゝ大輔などいはれぬれば、世中をいとうとましげにてこゝかしこかよふよりほかのありきなどもなければいとのどかにて二三日などあり。さてかのこころもゆかぬつかさのかみのみやよりかくのたまへり
みだれいとのつかさひとつになりてしもくることのなどたえにたるらん
御かへり
たゆといへばいとぞかなしききみによりおなじつかさにくるかひもなく
又たちかへり
なつひきのいとことわりやふためみめよりありくまにほどのふるか
も
御かへり
なゝばかりありもこそあれなつひきのいとまやはなきひとめふために
又宮より
きみとわれなほしらいとのいかにしてうきふしなくてたえんとぞ思ふ
ふためみめはげにすくなくしてけりいみあればとめつ」とのたまへる御かへり
よをふともちぎりおきてし中よりはいとどゆゝしきこともみゆらん
ときこえらる。
そのころ五月廿餘日ばかりより四十五日のいみたがへむとてあがたありきのところにわたりたるに、宮たゞかきをへだてたるところにわたり
給ひてあるに、みな月ばかりかけてあめいたうふりたるにたれもふりこめられたるなるべし、こなたにはあやしきところなればもりぬるゝさわぎをするにかくのたまへるぞいとゞものぐるほしき。
つれ%\のながめのうちにそゝぐらんことのすぢこそをかしかりけれ
御かへり
いづこにもながめのそゝぐころなればよにふる人はのどけからじを
又のたまへり「のどけからじとか
あめのしたさわぐころしもおほみづにたれもこひぢにぬれざらめやは
御かへり
よとともにかつみる人のこひぢをもほすよあらじとおもひこそやれ
又宮より
しかもゐぬきみぞぬるらんつねにすむところにはまだこひぢだになし
「さもけしからぬ御さまかな」などいひつゝもろともにみる。雨間にれいのかよひどころにものしたる日れいの御ふみあり。「おはせずといへどなほとのみ給ふ」とていれたるをみれば
とこなつにこひしきことやなぐさみんときみがかきほにをるとしらずや
さてもかひなければまかりぬる」とぞある。さて二日ばかりありて見えたれば「これさてなんありし」とて見すれば「ほどへにければびんなし」とてたゞ「このごろはおほせごともなきこと」ときこえられたればかくのたまへる
みづまさりうらもなぎさのころなればちどりのあとをふみはまどふか
とこそみつれうらみ給ふがわりなきみづからとあるはまことか」と女手にかき給へり、をとこの手にてこそくるしけれ。
うらがくれみることかたきあとならばしほひをまたんからきわざかな
又宮
うらもなくふみやるあとをわたつうみのしほのひるまもなににかはせん
とこそ思ひつれことざまにもはた」とあり。
かゝるほどにはらひのほどもすぎぬらん、たなばたは明日ばかりと思ふ、忌も四十日ばかりになりにたり。日ごろなやましうてしはぶきなどいたうせらるるをものゝけにやあらん加持もこゝろみむせばきところのわりなくあつきころなるをれいもものする山でらへのぼる。
十五六日になりぬれば盆などするほどになりにけり。見ればあやしき
さまにになひいたゞきさま%\にいそぎつゝあつまるをもろともにみてあはれがりもわらひもす。さて心ちもことなることなくていみもすぎぬれば京にいでぬ。秋冬はかなうすぎぬ。
としかへりてなでふこともなし。人のこゝろのことなるときはよろづおいらかにぞありける。このついたちよりぞ殿上ゆるされてある。みそぎの日れいの宮より「物みらればそのくるまにのらん」とのたまへり。御ふみのはしにかゝることあり。
わかとしの 本んのにかく
れいの宮にはおはせぬなりけり。町の小路わたりかとてまゐりたれば上なんおはしますといひけり。まづ硯こひてかくかきていれたり。
きみがこのまちのみなみにとみにおそきはるにはいまぞたづねまゐれる
とてもろともにいでたまひにける。そのころほひすぎてぞれいの宮にわ
たり給へるにまゐりたれば去年もみしに花おもしろかりき。すゝきむら/\しげりていとほそやかにみえければ「これほりわかたせ給はゞすこし給はらむ」ときこえおきてしを、ほどへて河原へものするにもろともなれば「これぞかの宮かし」などいひて人をいる。「まゐらんとするにをりなき類のあればなん一日とり申すすゝききこえてとさぶらはん人にいへ」とてひきすぎぬ。はかなきはらへなればほどなうかへりたるに「宮よりすゝき」といへばみればながびつといふものにうるはしうほりたてゝあをき色紙にむすびつけたり。みればかくぞ
ほにいでばみちゆく人もまねくべきやどのすゝきをほるがわりなき
いとをかしうも、この御かへりはいかゞ、わするゝほどおもひやればかゝでもありなん、されどさき%\もいかゞとぞおぼえたるかし。
春うちすぎて夏ごろ宿直がちになるこゝちするにつとめて一日ありてくれにはまゐりなどするをあやしうとおもふにひぐらしのはつごゑきこ
えたり。いとあはれとおどろかれて
あやしくもよるのゆくへをしらぬかなけふひぐらしのこゑはきけども
といふにいでがたかりけんかし。かくてなでふことなければ人のこゝろをなほたゆみなくこりにたり。
月夜のころよからぬものがたりしてあはれなるさまのことどもかたらひてもありしころおもひいでられてものしければかくいはる
くもりよの月とわがみのゆくすゑとおぼつかなさはいづれまされり
かへりごとたはぶれのやうに
おしはかる月はにしへぞゆくさきはわれのみこそはしるべかりけれ
などたのもしげにみゆれどわがいへとおぼしき所はことになんあんめればいとおもはずにのみぞよはありける。さいはひある人のためにはとし月みし人もあまたの子などもたらぬをかくものはかなくておもふことの
みしげし。
さいふ/\も女おやといふ人あるかぎりはありけるをひさしうわづらひて秋のはじめのころほひむなしくなりぬ。さらにせんかたなくわびしきことのよのつねの人にはまさりたり。あまたある中にこれはおくれじ/\とまどはるるもしるくいかなるにかあらん手足などたゞすくみにすくみてたえいるやうにす。さいふ/\ものをかたらひおきなどすべき人は京にありければ山でらにてかゝるめはみればをさなき子をひきよせてわづかにいふやうは「われはかなうてしぬるなめり、かしこにきこえんやうはおのが上をばいかにも/\なしりたまひそ、この御のちのことを人々のものせられんうへにもとぶらひものし給へときこえよ」とていかにせんとばかりいひてものもいはれずなりぬ。日ごろ月ごろわづらひてかくなりぬる人をばいまはいふかひなきものになしてこれにぞみなひとはかゝりて「ましていかにせんよとかうは」となくがうへに又なきまど
ふ人おほかり。ものはいはねどまだこゝろはありめはみゆるほどにいたはしと思ふべきひとよりきて「おやはひとりやはある、などかくはあるぞ」とてゆをせめているればのみなどしてみなどなほりもてゆく。さてなほおもふもいきたるまじき心地するはこのすぎぬる人わづらひつる日ごろものなどもいはず、たゞいふこととてはかくものはかなくてありふるをよるひるなげきにしかば「あはれいかにしたまはんずらん」としばしはいきのしたにもものせられしをおもひいづるにかうまでもあるなりける。人きゝつけてものしたり。われはものもおぼえねばしりもしられずひとぞあひてしか%\なんものしたまひつるとかたればうちなきてけがらひもいむまじきさまにありければ「いとびんなかるべし」などものしてたちながらなん、そのほどのありさまはしもいとあはれに心ざしあるやうに見えけり。かくてとかうものすることなどいたづく人おほくてみなしはてつ。いまはいとあはれなる山でらにつどひてつれ%\とあり。
夜めもあはぬまゝになげきあかしつゝ山づらをみれば霧はげにふもとをこめたり。京もげにたがもとへかはいでむとすらんいでなほこゝながらしなんとおもへどいくる人ぞいとつらきや。かくて十餘日になりぬ。僧ども念佛のひまにものがたりするをきけば「このなくなりぬる人のあらはにみゆる所なんある、さてちかくよればきえうせぬなり、とほうてはみゆなり」「いづれのくにとかや」「みゝらくのしまとなむいふなる」など口々かたるをきくにいとしらまほしうかなしうおぼえてかくぞいはるゝ。
ありとだによそにてもみむなにしおはゞわれにきかせよみゝらくのしま
といふをせうとなる人きゝてそれもなく/\
いづことかおとにのみきくみゝらくのしまがくれにし人をたづねん
かくてあるほどにたちながらものしてひとにとふめれどたゞいまはなにごゝろもなきにけがらひのこゝろもとなきことおぼつかなきことなどむ
づかしきまでかきつゞけてあれどものおぼえざりしほどのことなればにやおぼえず。
さとにもいそがねどこゝろにしまかせねばけふみないでたつ日になりぬ。來しときはひざにふし給へりし人をいかでかやすらかにと思ひつゝわがみはあせになりつゝさりともとおもふこゝろそひてたのもしかりき。こたみはいとやすらかにてあさましきまでくつろかにのられたるにもみちすがらいみじうかなし。おりてみるにもさらにものおぼえずかなし。もろともにいでゐつゝつくろはせしくさなどもわづらひしよりはじめてうちすてたりければおひこりていろ/\にさきみだれたり。わざとのことなどもみなおのがとり%\すればわれはたゞつれ%\とながめのみして「ひとむらすゝきむしのねの」とのみぞいはるゝ。
てふれねどはなはさかりになりにけりとゞめおきける露にかゝりて
などぞおぼゆる。これかれぞ殿上などもせねばけがらひもひとつにしな
しためればおのがじゝひきつぼねなどしつゝあめるなかにわれのみぞまぎるゝことなくて夜は念佛のこゑきゝはじむるよりやがてなきのみあかさる。四十九日のことたれもかくことなくていへにてぞする。わがしる人おほかたのことをおこなひためれば人々おほくさしあひたり。わが心ざしをばほとけをぞかゝせたる。その日すぎぬればみなおのがじゝいきあかれぬ。ましてわが心ちは心ぼそうなりまさりていとゞやるかたなく人はかう心ぼそげなるをおもひてありしよりはしげうかよふ。
さて寺へものせしときとかうとりみだりしものどもつれ%\なるまゝにしたゝむればあけくれとりつかひし物の具なども又かきおきたるふみなどみるにたえいる心ちぞする。よわくなり給ひしときいむことうけ給ひし日ある大徳のけさをひきかけたりしまゝにやがてけがらひにしかばものゝなかよりいまぞみつけたる。これやりてむとまだしきにおきて「この御けさ」とかきはじむるよりなみだにくらされて「これゆゑに
はちすばのたまとなるらんむすぶにもそでぬれまさるけさのつゆかな
とかきてやりつ。又このけさのぬしのこのかみも法師にてあればいのりなどもつけてたのもしかりつるをにはかに又かくなりぬときくにもこのはらからの心ちいかならんわれもいとくちをし、たのみつる人のかうのみなどおもひみだるればしばしばとぶらふ。さるべきやうにありて雲林院に候ひし人なり。四十九日などはてゝかくいひやる
おもひきやくものはやしをうちすてゝそらのけぶりにたゝむものとは
などなんおのが心ちのわびしきまゝに野にも山にもかゝりける。
はかなながら秋冬もすごしつ。ひとつところにはせうとひとりをばとおぼしき人ぞすむ。それをおやのごとおもひてあれどなほむかしをこひつゝなきあかしてあるにとしかへりて春夏もすぎぬればいまははてのこ
とすとてこたびばかりはかのありし山でらにてぞする。ありしことどもおもひいづるにいとゞいみじうあはれにかなし。導師のはじめにて「うつたへに秋の山べをたづねたまふにはあらざりけり、まなことぢ給ひしところにて經の心とかせ給はんとにこそありけれ」とばかりいふをきくにものおぼえずなりてのちのことどもはおぼえずなりぬ。あるべきことどもをはりてかへる。やがてぶくぬぐに鈍色のものどもあふぎまではらへなどするほどに
ふぢごろもながすなみだの川水はきしにもまさるものにぞありける
とおぼえていみじうなかるれば人にもいはでやみぬ。忌日などはてゝれいのつれ%\なるにひくとはなけれど琴おしのごひてかきならしなどするにいみなきほどにもなりにけるをあはれにはかなくてもなどおもふほどにあなたより
いまはとてひきいづることのねをきけばうちかへしてもなほぞかな
しき
とあるにことなることもあらねどこれをおもへばいとどなきまさりて
なき人はおとづれもせでことの緒をたちし月日ぞかへりきにける
かくてあまたある中にもたのもしきものにおもふ人この夏よりとほくものしぬべきことのあるをぶくはてゝとありつればこのごろいでたちなんとす。これを思ふに心ぼそしとおもふにもおろかなり。いまはとていでたつ日わたりてみる、裝束ひとくだりばかりはかなきものなど硯箱ひとよろひにいれて。いみじうさわがしうのゝしりみちたれどわれもゆく人もめもみあはせずたゞむかひゐてなみだをせきかねつゝみな人は「など、ねむぜさせ給へいみじういむなり」などぞいふ。さればくるまにのりはてんをみむはいみじからんとおもふにいへより「とくわたりねこゝにものしたり」とあればくるまよせさせてのるほどにゆく人は二藍の小袿なりとまるはたゞ薄物の赤朽葉をきたるをぬぎかへてわかれぬ。九月十餘
日のほどなり。いへにきても「などかくまが/\しく」ととがむるまでいみじうなかる。
さて昨日今日は關山ばかりにぞものすらんかしとおもひやりて月のいとあはれなるにながめやりてゐたればあなたにもまだおきて琴ひきなどしてかくいひたり
ひきとむるものとはなしにあふさかのせきのくちめのねにぞそぼつる
これもおなじおもふべき人なればなりけり。
おもひやるあふさかやまのせきのねはきくにも袖ぞくちめづきぬる
などおもひやるに年もかへりぬ。
三月ばかりこゝにわたりたるほどにしもくるしがりそめていとわりなうくるしとおもひまどふをいといみじとみる。いふことは「ここにぞいとあらまほしきをなにごともせんにいとびんなかるべければかしこへも
のしなん、つらしとなおぼしそ、にはかにもいくばくもあらぬ心ちなんするなんいとわりなき、あはれしぬともおぼしいづべきことのなきなんいとかなしかりける」とてなくをみるにものおぼえずなりて又いみじうなかるれば「ななき給ひそくるしさまさる、よにいみじかるべきわざは心はからぬほどにかゝるわかれせんなんありける、いかにしたまはんずらむ、ひとりはよにおはせじな、さりともおのがいみのうちにし給ふな、もししなずはありともかぎりと思ふなり、ありともこちはえまゐるまじ、おのがさかしからんときこそいかでも/\ものしたまはめとおもへば、かくてしなばこれこそは見たてまつるべきかぎりなめれ」などふしながらいみじうかたらひてなく。これかれある人々よびよせつゝ「こゝにはいかにおもひきこえたりとか見る、かくてしなば又對面せでややみなんとおもふこそいみじけれ」といへばみななきぬ。みづからはましてものだにいはれずたゞなきにのみなく。かゝるほどに心ちいとおもくなりま
さりてくるまさしよせてのらんとてかきおこされて人々にかゝりてものす。うちみおこせてつく%\とうちまもりていといみじとおもひたり。とまるはさらにもいはず。このせうとなる人なん「なにかかくまが/\しうさらになでふことかおはしまさんはやたてまつりなん」とてやがてのりてかゝへてものしぬ。思ひやる心ちいふかたなし。日に二度三度ふみをやる。人にくしと思ふ人もあらんとおもへどもいかゞはせん。かへりごとはかしこなるおとなしき人してかゝせてあり。「みづからきこえぬがわりなきこととのみなんきこえ給ふ」などぞある。ありしよりもいたうわづらひまさるときけばいひしごとみづからみるべうもあらず、いかにせんなど思ひなげきて十餘日にもなりぬ。讀經修法などしていささかおこたりたるやうなれば夕のことみづからかへりごとす。「いとあやしうおこたるともなくて日をふるにいとまどはれしことはなければにやあらんおぼつかなきこと」などひとまにこま%\とかきてあり。「もの
おぼえにたればあらはになどもあるべうもあらぬを夜のまにわたれ、かくてのみ日をふれば」などあるを人はいかゞ思ふべきなどおもへどわれもまたいとおぼつかなきにたちかへりおなじことのみあるをいかゞはせんとて「くるまを給へ」といひたればさしはなれたる廊のかたにいとようとりなししつらひてはしにまちふしたりけり。火ともしたるにいけさせておりたればいとくらうていらんかたもしらねば「あやしこゝにぞある」とて手をとりてみちびく。「などかうひさしうはありつる」とて日ごろありつるやうくづしかたらひてとばかりあるに「火ともしつけよいとくらしさらにうしろめたくはなおぼしそ」とて屏風のうしろにほのかにともしたり。「まだ魚などもくはず、今宵なんおはせばもろともにとてある、いづら」などいひてものまゐらせたり。すこしくひなどして、禪師たちありければ夜うちふけて護身にとてものしたれば「いまはうちやすみ給へ日ごろよりはすこしやすまりたり」といへば、大徳「しかお
はしますなり」とてたちぬ。
さてよはあけぬるを人などめせといへば「なにかまだいとくらからんしばし」とてあるほどにあかうなれば男どもよびて蔀あげさせてみつ。「み給へくさどもはいかがうゑたる」とてみいだしたるに「いとかたはなるほどになりぬ」などいそげば「なにかいまは粥などまゐりて」とあるほどにひるになりぬ。さて「いざもろともにかへりなんまたばものしかるべし」などあれば「かくまゐりきたるをだに人いかにとおもふに御むかへなりけりとみばいとうたてものしからん」といへば「さらば男どもくるまよせよ」とてよせたればのるところにもかつ%\とあゆみいでたればいとあはれとみる/\「いつか御ありきは」などいふほどになみだうきにけり。「いと心もとなければあすあさてのほどばかりにはまゐりなん」とていとさう%\しげなるけしきなり。すこしひきいでゝ牛かくるほどにみとほせばありつるところにかへりてみおこせてつく%\と
あるをみつゝひきいづれば心にもあらでかへりみのみぞせらるゝかし。さてひるつかたふみあり。なにくれとかきて
かぎりかとおもひつゝこしほどよりもなかなかなるはわびしかりけり
かへりごと「なほいとくるしげにおぼしたりつればいまもいとおぼつかなくなんなか/\に
われもさぞのどけきとこのうらならでかへるなみぢはあやしかりけり
さてなほくるしげなれど念じて二三日のほどに見えたり。やう/\れいのやうになりもてゆけばれいのほどにかよふ。
このごろは四月、まつりみにいでたればかのところにもいでたりけり。さなめりとみてむかひにたちぬ。まつほどのさう%\しければたちばなのみなどあるにあふひをかけて